衝突

羽倉は騎士の動きを警戒しつつ周囲の状況を探った。
(見たことのない類の結界だな)
教会周辺のみに構築された結界は範囲を限定した分、町を覆っていた結界より数倍の密度、強度があるようだ。その上、物質を遮る効果とは別の性質も組み込まれているように思えた。
およそ十秒。
結界の状態を観察した羽倉は視線を騎士に戻し眉を顰めた。
「いつまでそうしているつもりだ?」
見れば騎士は中段に構えた状態のまま一歩も動いていない。
それどころか羽倉の問いかけにすら反応がなかった。
「……」
羽倉はおもむろに右手を持ち上げると、手のひらに冷気を集中させ氷の結晶を生み出す。
ドゴンッ
次の瞬間には氷の結晶は騎士の足元に突き刺さり、地面を深々と抉っていた。
「っ!」
音と衝撃、一連の動きの速さに驚いたのだろうか、騎士は蹈鞴を踏むように後ずさり、その拍子に先ほどまで見せていたお手本通りの構えが見る影もなく崩れてしまった。
(……いまいち分らんな)
実験の情報を餌に結界内で羽倉を殺すなり捕らえるなりするなら、刺客もそれに伴って手練れを用意するだろう。
だが、周囲を覆う結界の強力さは本物としても、それに比して送り込まれた刺客の練度はどう見ても新米騎士のそれだ。
改めて見れば相手が身に付けている純白を基調に金の装飾が施された鎧とて傷はおろか汚れ一つ付いてない。この様子では熟練騎士が新しい鎧を纏っている、という可能性は限りなく低いだろう。
斥候として送り込まれて遭遇戦となったというなら解らないではないが、そうなると周囲に張られた結界の強度はあまりに不自然と言える。
教団側の意図した状況なのか、あるいは本当に失策なのか測りかねていると、ようやく体勢を立て直した騎士が構えを変えた。
姿勢を真っすぐに正し、剣を眼前に掲げる。
それは実戦ではなく、式典や儀式に用いる構えだ。
「何を……?!」
バンッ
まさか戦闘中に精神統一でも始めるつもりかと訝しむ羽倉の目の前で騎士に変化が起こる。
否、正確に言うならば騎士の鎧に、だ。
見れば破裂音と同時に鎧の各部に埋め込まれている魔宝石から赤い粒子が発生し、騎士の身体を取り巻いていく。放たれる魔力はあまりに禍々しく、全身の肌が粟立つほどだ。
細部は違えど、それとよく似た事象を羽倉は知っていた。
(あれは……)
と、騎士が地面を蹴って跳躍し、一瞬で肉薄してきた。
(魔物化の能力か!)
「ッ!!」
バジュ!!
剣の一閃と共に布の裂ける音と湿った音とが混ざった不協和音が結界内に響き、白いシルエットが宙を舞う。
咄嗟に回避したものの、羽倉の右腕は肩から先が切り飛ばされていた。
「ぐっ!!」
胴体を狙った二の太刀を辛くも躱して距離を置き、眼前に結界を生み出す。
羽倉の驚愕による隙をついたとはいえ、その動きは新米騎士にできるものではなかった。
(間違いないな……)
騎士が跳躍と剣戟を行う際、鎧の関節部から赤い粒子が発生し、小規模な爆発のようなものを起こしていた。おそらくは鎧の各部から起きる魔力の放出によって各動作の速度を上げているのだろう。
(当初より随分と研究が進んだようだ)
魔物化の特色を知り、それを使用する史郎の動きを目にしていなければ飛んでいたのは腕ではなく首だ。
思考の合間にも騎士が再び接近してくる。臆する様子もなく眼前の結界に剣を突き立てると、その一撃で結界はガラスの様に砕け散った。
(弾丸さえ通さぬものを易々と……だが)
「遅い」
数歩後退した羽倉は、僅かなあいだ動きを止めた騎士に向けて無傷の左手をかざし、氷の槍を打ち放つ。
剣の間合いの外から放たれた一撃は生物に対する殺傷能力こそないが、まともに受ければ精や魔力を奪い、相手を確実に行動不能にする威力を持つ。
だが
バジュウッ!
石壁をも貫通する氷は騎士の纏う鎧に触れた途端に昇華し、膨大な水蒸気となって霧散してしまった。
「なんだと?!」
視界を塞がれながらも咄嗟に跳び退いたが
ドシュ!
水蒸気に包まれていた左手は、引き抜いた時にはすでに肘から先が切り飛ばされていた。
「くっ!」
リッチは人としての生を終えた肉体に魔力が宿り生まれ変わった「アンデット」に属するため、他の魔物と比べれば肉体の損傷による影響を受けにくい。
とは言え、このまま四肢を奪われ続ければ行動不能になることは必至だ。
優に3メートルは跳び退いた羽倉に対し、両手を失った相手に対して余裕のつもりか、騎士は遅々たる動作で霧の中から姿を現した。
(さて、どうしたものか……)
下方に向けた騎士の剣から自身の血が滴り落ち、地面に黒い染みを作っていくのを他人事のように眺めながら対策を練る。
得意とする遠距離での魔術攻撃は鎧に防がれてしまい効果がない。かといって機動力に劣る以上、接近して剣の間合いに入れば次こそ首か胴が持っていかれるだろ
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