一体何だったのだろうか。シャーランの存在がエミリアに暗い影を落としているのでは、と思っていたのだが、あの反応はそれとは関係ない気がする。あくまでそんな気がするだけだが。
「――あ。隊長、レフヴォネンさん。ここに居たんですか!」
「ハミルか。どうした?」
階段の方から姿を現したハミルの方に振り返り、その隣にアニーも居た事に気付く。
二人はこの分隊詰め所の構造上、仕方なく相部屋となっている。好き合っている訳でも嫌い合っている訳でもないから別に構わない、と言うのでそのままにしているが、本来ならば男部屋、女部屋で分けるべきではないだろうか、と思う事もある。
「おぉ、アネーも地味な人もおはよー」
声を聞いたのか、エプロンを着たシャーランが、両手に朝食と思わしきものを持ったまま廊下に顔を出しに来た。
「あ、コラ! ダメじゃないの、怪我人が勝手に動き回っちゃ!」
「そうですよ! そうしない為に昨日は隊長の部屋に居たんですから!」
「だってー、じっとしてらんないんだもの」
子供か、と思わずにはいられない。仕草といい喋り方といい、とても成人前の女性とは思えない行動ばかり見ている気がする。
「状態見て驚いたんですからね? 筋肉も骨も、血管に至るまでボロボロだったんですから」
実際に私も容態を見たのだが、本当に酷い有様だった。
彼女が無理をして戦っていた事は分かっていたのだが、内出血で赤黒く染まった手足を見た時は血の気が引いた。ここまでしてオーガと戦っていたのだ。
――しかし、何故そこまで……?
戦う前に何か言っていた、とアニーが教えてくれたが、命を投げ出してまで魔物を倒そうとする理由が分からない。
戦闘中の言動から、彼女が魔物に憎しみを持っている事は分かっていた。私は、そこに己の命を削って戦わなければならないほどの理由があると思う事にする。
――その内、聞いてみるか。
だが、何故だかこの少女からその答えを聞くのは難しい気がした。先ほどの遠慮といい、何処と無く距離を感じる。これが新人ゆえの物であればいいのだが。
「うーん、今度からは気をつけるよー」
この態度は、絶対に改める気がない。そんな予感がする。
今度無茶をしそうになったら全力で止めねばなるまい。
「あ、隊長もそうですよ。彼女に比べれば軽症って思われますけど、それでも十分大怪我の範囲に入るくらいなんですからね?」
「む……。これはすまん」
ついで、と言わんばかりに矛先がこちらに向かってきた。これに関しては純粋に謝るしかない。
「さて、折角新人がご飯用意してくれたんだし、早速食べよ。……あれ? エミリアは?」
「エミリアならば先ほど玄関を出て何処かに行った。……理由は分からんが」
二人が、いやシャーランも含めて三人が首を傾げる。
「よく分かりませんが、食べま――、……って地味って何ですか地味って!? 危うく流しそうになりましたよ!?」
反応が遅いだろう、と言いたくなる。
「いや、だってアンタ地味だしー」
「僕にはハミルっていう名前があるんですよ! せめて呼び捨てでもいいので名前で呼んでください!」
「じゃあ、ハミハミで」
「そんな気の抜けそうなあだ名は嫌ですよ!」
「……何気に昨日から呼ばれてるけど、アタシは『アネー』で決まりなのね……。まあここの中では一番年上の女だし、別にいいんだけど」
どうやらシャーランは人に妙なあだ名をつけるようだ。さっきから私の事を『タイチョー』と変に間延びした発音で呼んでいたのはあだ名のつもりだったのだろう。
何はともあれ、彼女が作ったという朝食を頂く事にする。
・・・
口にして分かる事もある。
一見何の変哲も無いような、このシンプルな野菜スープにも特別な隠し味が使われているかもしれない、という事は食べなければ分からない。
他にも、コンソメを普段使われているものから自家製のものにしているかもしれない。
普段は全部まとめて鍋に入れる食材を、ウィンナーだけ後から入れて歯ごたえを出すように工夫しているかもしれない。
キャベツは一週間前から放置されているかもしれない。
以上のような事は、人間にも当てはまる。聞いた話だけではその人物の本質は見えてこない。だからこそ、話し合いによる相互理解は円滑な関係を築く為に重要なのだ。
「どうよ!? 美味しい!? 不味い!?」
「――辛すぎませんか」
「――辛っ」
「――その、何だ。随分とジンジャーだな」
「美味いか不味いか聞いたのに何で辛いしか言わないのよ!?」
そう言われても、このスープは本当に薬味が効いているのだ。いや、効き過ぎていると言うべきか。不味くはないのだが、いや。偽るのはよくない。ここはハッキリというべきだろう。そう思って
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