「本当に、コレに乗るというの……?」
「ええ。俺みたいな貧弱一般人があの強制負けイベントに対抗するには、これぐらいしなきゃいけませんから」
今、俺の目の前には巨大な『人形』が鎮座している。顔の大きさだけで身長の五倍以上はありそうなサイズだ。
口、腹、そして股下の部分が開いており、その中には大型作業車に付いているようなレバーが幾つか見られる。まるで、『ここに座れ』と俺を呼んでいるようだった。
「いくら教団に捕まったフィネアを助ける為とはいえ、この機体は『三人乗りを前提として作られている』のよ? あなた一人では、三分の一どころか十分の一すら扱えないわ」
「分かっています。この機体は、よほどの人物じゃなきゃ一人で扱いきれるものではない。ーーだから、この薬を貰ったんです」
懐からライトグリーンの液体が入った瓶を取り出す。
不安を露わにしていた有澤社長の顔が、驚愕に満ちた。
「そ、それは……! 分身薬!? 駄目よ! それで人数を一時的に増やしても、別々の思考が出来る訳じゃない! 一号機と同じ動きを二号機、三号機も行おうとして事故を起こすだけだわ!」
そんな事は分かっている。
俺は、この機体を知っている。少なくとも同年代の人間よりも、遥かに詳しく。まさか有澤社長が実際に作っているとは知らなかったが。
「ーーそちらのユニコーンさんに診断してもらったんですが」
「……え?」
「どうやら俺は、『一人』じゃないらしいんです」
そうだ。俺は、ある日を境に自分に正直じゃなくなった。
わがままで寂しがり屋だった子供の俺は、親からの躾で自分を出さないようにさせられた。そのおかげで社会の中で生きる事にさほど苦労はしなくなったが、いつも俺の心の底では、抑圧された幼稚な感情が渦巻いていた。
さらに、人間には二面性がある。公の場用の顔と、プライベートの顔。当然、社会人になった俺にもそれはある。当然、プライベートの俺は昔の俺ではない。
故に、俺の中には『俺』が三人居る。それも、名前が同じだけで思考も性格も全く違う三人が。
「そんな、そんな人間が……!?」
「ほら、ピッタリでしょう。……あとは、三人に分かれた俺が全員フィネアを想っているかどうか。それが、最後の問題です」
「……全員の意思がバラバラだったら、フィネアを助けに行く以前に、二度とあなたは『あなた』に戻れないかもしれないわ」
望む所だ。何故ならば。
「助けられなくてフィネアを失ってしまうくらいなら、俺なんて消えてしまえばいい」
「ーーっ!」
蓋を開け、即座に口に瓶を押し込む。
グリーンアップルのほのかな甘みが口一杯に広がると同時に、意識が徐々に『ズレ』始める。
「ーーくっ!!!」
一瞬の目眩を堪えると、得体の知れない喪失感を除き何事もなかったように意識が戻る。
横を見た。
「ーーえ、ちょ。うわぁ、本当に自分が立ってる。すげぇキメェ」
反対を見た。
「……何だよ、その気持ち悪い顔僕の方に向けんなよ」
成功だ。見事なまでに、俺の思い通りにならない俺が二人現れた。
「話をしている時間はない。お前らーー、じゃねぇ俺ら。……『行く』か、『行かない』か。ここで決めろ」
「……」
「……」
二人の俺が無言になる。
即座に答えが返ってこない事に、俺は失望を感じていた。
俺は、心の底から彼女の事を欲していたんじゃないのか……。
終わりだ。そう思った、その時、
「ーー何を言ってるんだ?」
「……?」
「君こそ、自分についてきたまえ。自分が、フィネアを助けて『ご主人様っ!』と抱きしめてもらうのだ!」
「そそその役! ぼ、ぼぼぼ僕のだ! お前なんか三号機に乗ってろ!」
「何を! コミュ障こそ三号機に乗って一人特攻して死んでるがいい!」
……何だ、コレ。目の前で俺が俺と喧嘩してる。
「ーー問題、な・さ・そ・う・ね?」
振り返ると、場の空気に安堵したのかいつもの調子に戻った社長が笑っていた。
「ええ。どうやら大丈夫みたいです」
「OVAで出来てた仕様は全て再現しているわ。ただし、外装から武器まで全部魔界銀で作ってあるから殺人は出来ない。ーー思う存分、やっちゃいなさい!」
「はい!」
「ええ!」
「……お、おう!」
一斉に走り出す。
とりあえず二人にはジャンケンで一、二号機を選ばせ、俺は三号機に乗る。
階段を降り、人形の股下にある操縦席に飛び込む。
フフフ、馬鹿め俺達よ。人の形を見て、フィネアが真っ先に視界に入れるのが何処か、把握していないのか?
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