まあ、そんな訳で彼女の事情が伝わって、俺が勝手に考えてた勘違いとかそんな感じのも解消されて、さてそれからどうなったかというと。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
先週よりも早足に俺は『ロミ・ケーキ』を訪れ、フィネアの実際奥ゆかしい御辞儀と可憐な微笑みに出迎えられていた。
「お荷物お預かりします。今週もお仕事お疲れ様でした」
うん、もう何というか疲れたというか、よく生きてたなぁ、と思わずにはいられないよ。こんなに身体を酷使する職場って他にないよね。
しかし何故だかよく分からないが、やたら気が重かった先週に比べて非常に心が軽かった。
それもこれも、きっと今目の前で笑ってくれているフィネアのおかげだろう。
『――メールアドレスですか!? 喜んで!』
前回の来店時、勇気と気合と根性とその他諸々を振り絞って携帯電話のアドレスを聞いた所、こんな感じの回答が返ってきた。
『ma-kiki-kai-mora94@ririmuru.co.jp』という、まるで聞いた事のないキャリアだったので設定が少し厄介だったが、無事にデジタル文通が出来るようになった。SNS? 公務員にSNSはあんまりよろしくないんです。機密漏洩とか危ないんです。自分まだ懲戒免職される訳にいかないんです。
で、平日にも心のお世話をしてもらえるようになってから俺の心は安寧に満ち始めた。
『今日もお仕事おつかれ様でした』
『閉店後、向かいの愛花園芸店におすまいの美也さんがいらしたので、店の皆でお茶会をひらきました』
ハハハ、フィネアよ。コレ、確かにお茶会の写真だけど真ん中に写ってるのただの白いネコじゃないかな。尻尾2本あるように見えるけど角度の所為だよね? ああ、なるほど。美也って名前のネコか。
『ももも申し訳ありません! おくる写真を鳥違えて姉妹ました!』
今度は綺麗な白髪の少女が、口元に一杯クッキーの食べカスを付けて笑っている写真が送られてきた。
そんな感じで、ちょっと機械に弱い所が非常にかわいい。慌てて誤字連発してるよー。
できる事ならこう、直接会って携帯電話の使い方とかの話をしたい所ではある。が、それは叶わない話だ。何せ、寮暮らしの公務員ですから。
まあ、仕事柄週2しか会えないのは仕方ない。そこは我慢だ、我慢。
「……どうされましたか?」
何でもないよー。今日が待ち遠しかっただけだよ。
「……っ♪」
ほらほら、見なよ。この嬉しそうな顔。これが俺だけに向けられてるっていうんだから、ねぇ。
灰色間違いなかった筈の人生の分岐点。でも最近、一瞬かもしれないけど、初めて色が付いた気がしていた。
まあ、何はともあれ。今日は精一杯ご奉仕されようじゃないか。
・・・
「――少なくとも、世の中の女性の半数以上はご主人様に対して敵意を感じては居ないと思いますよ?」
どうにもあの、汚物を見るような目が怖くて怖くて。公共交通機関で四方を囲まれると泣きたくなるんだよねー。
「ですが、どんな事故が起こるか分かりません。大事を取って、地下鉄などで女性の近くに立つ事は控えた方がよろしいかもしれません。わかりましたか?」
ああうん、そうするよ。そんなに真剣な目で、人差し指を立てて忠言してくれてるんだから聞かないと駄目だよね。
「さて、それでは昼食をお持ちします。少々お待ちくださいね」
はぁーい。
とまあこんな感じで、俺とフィネアは先週と同じく、対面で雑談をしていた。
流石に仕事の話はあまり出来ないので、普段の事とか班の連中についてとか、そんな他愛のない事を話す。それに対し、彼女もまた、この店で起こった事や、最近の事を話してくれる。
二週間前ならまずあり得ない、女性との面と向かった会話。これまでの経験上、話す内容も会話の流れも噛み合わなかった所為で、女性と会話するのは苦痛でしかなかった。しかし今、初めて女性と会話をして『楽しい』と感じている。
おそらくは、いや間違いなくフィネアのおかげだろう。だが同時に、彼女以外と話していてこんな気分になる事はないのだろうな、と考える事もある。相変わらず、ここに来る道中の公共交通機関ですれ違った女を見ても嫌悪感と恐怖心しか沸いてこないし。
つまりは、俺は別に女性に慣れた訳ではなく、フィネアに慣れたのだ。自分で言っていてよく分からんが、まあたぶんそういう事だ。
「――お待たせしました。本日の昼食は『魔界風ボロネーゼ』でございます」
相変わらずな単語もこれで三回目。いちいち反応する事無く受け取り、漂う挽肉とトマトの香りに心を躍らせる。
あ。いつもの『あーん』はちょっと待って。味をちゃんと確かめたいから最初の一口は自分で食べさせて。アレ、凄いドキドキするんだけどその分味覚がお留守に
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