聞き馴染んだ、翼が風を叩く音がまどろみの中で聞こえた。
「さあ、私たちの家に着いたぞ。――気になるからといって酒に飲まれるなど、貴様はどれだけ私の胸を打つつもりだ?」
楽し気な竜の声で、目を覚ます。気付けば、僕らの住んでいる大きな洞穴に居て、僕はまたドラゴンに抱きかかえられていた。
胡乱な頭を回し、ジパングでの夕食時に出たお酒に酔って寝てしまったのだと理解する。
「……ごめん」
「はは、怒る事などせぬよ。私にとっては、貴様の一挙手一投足が愛おしくて仕方がないのだからな」
額に頬擦りされ、恥ずかしさが増す。
普段から特に何かしている様子はないのに、彼女からは甘い蜜のような匂いがするのだ。おまけに触れた頬は柔らかく、なめらかで、暖かい。
否が応でも、鼓動が激しくなる。
ふと、その時。
「――何か悩んでいるな?」
「え」
問われた意味が分からなかった。いや、正確には悩んでる事を気付かれると思っていなかった。
見上げると、微笑を浮かべながらじっと僕を見つめる竜の顔があった。
「結婚式に向かう子狐と別れてからずっと、様子がおかしいとは思っていたのだ。何でもない、とは言わせんぞ?」
「いや、その」
「まさかあの子狐に恋慕してしまったのか? それは困るな、何せあの狐、既婚者だぞ? それはいけない。貴様には私を見て欲しいものだ」
「……違、違うって」
「だとすれば、何だというのだ?」
「……」
言葉を促すように、ドラゴンは僕をイスの前で下し、座らせる。
言いたい。だけど、言葉にならない。
どうすれば伝わるか。どうすれば、この大きな人に想いを全て届けられるか。それが、分からない。
「――臆するな。そして飾るな」
「え?」
戸惑っていた僕に、竜はただ、言った。
「私は、貴様を見て笑うが嗤いはせぬ。貴様に心の内を表現する言葉を教えたが、最も素晴らしいと思っているのは思った事を素直に口にする事だと思っている」
「いつもの、あなたのように?」
「そうだ。私は、欲しければ欲する。知りたければ求める。発したければ、誰が何と言おうと叫ぶ。私の宝たる貴様にも、そうあって欲しいと、人のしがらみに捕らわれぬようにして欲しいと思っている」
だから、思ったままに言っていい。
そう、聞こえたような、気がした。
「ずっと、気にしてたんだ。あなたにとって、僕は何なのかな、って」
「……何、と?」
「あなたが僕を大切に思ってくれてるのは、すごくよく分かってる。僕だって、あなたの事、最初は訳が分からなかったけど、今は、好き、だよ。……だけど、どうして僕をあなたのものにしないの?」
一度口から出てしまえば、想いは止められなかった。
「僕だって、いろんなものを見た。魔物がどうして人を好きになるのかとか、好きになって、何がしたいと思うのかとか、そして何をするのかっていう事も知ってる。興味も、そ、その、ある」
顔から火が出そうだった。だけど、もう押えられない。
「でも、あなたは僕を奪ってから、そういう事をしようとした事が、ないでしょ? だから、その、僕は、そういうつもりで――」
「そういう、という言葉が多いな。恥じる気持ちはあるだろうが、言葉は正しく使うものだ」
言われて、胸が強く締め付けられた。
言っていいのか、迷った。
でも、僕は、
「……あなたの、こ、恋人として、もらわれたんじゃないのか、って、思っちゃって。僕は、あなたの恋人になれないのかな、って」
「そうか」
驚くくらい、軽い返事だった。
僕の悩んだ通り、彼女にとって僕はそんな程度の存在だったのだろうか。
ドラゴンの表情を見ようと、顔を上げた、その時だった。
「我が宝よ。私を見ろ」
「え? ――っ!?」
全身を、圧し潰されるような感覚が襲った。
竜は、ただ目の前に立っている。
それだけだというのに、怯えが止まらない。
「――見ての通り、私はこういう存在だ」
息が出来ない。
全身の感覚が止まっている。
「そう思う、という事は私と恋仲になりたい、という事であろう? だが今の私を前にして、まだそう言えるか?」
そうだ。この人は魔物なんだ。
ずっと僕を見守るように、僕がいろんな事を知っていくのを楽しんでるように振舞っていたけれど。
この人は僕とは違う、強大な存在なんだ。
「欲しいのならば、なりたいなどという弱気を見せるな。私がいつもそうしているように、奪え。その竦む身体を動かし、組み伏せ、貴様のモノにして見せろ」
静かに、そしてそれが当然と言うように告げる。
自然と視線が下がる。立ち上がろうとする脚が、石になってしまったようだ。
「さあ、どうした。私が、欲しいのだろう? それとも我が本質に怯え、竦む程度の気持ちし
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