第二話 街道にて/勇者候補のターン

 事態は『最悪』という言葉が丁度当てはまるような有様でした。
『東側の街道で、数匹ほどで構成されたスライムの群れを発見した。これを退治、または討伐して欲しい』
 このような報告を受けて、私こと『エミリア・キルペライン』の所属する主神教団アルカトラ支部第23分隊と24分隊は現地へ向かっていました。
 たかがスライム数匹程度に分隊を二つも出させるだけの価値はないのですが、

「別種類の魔物が群れに加わっていた場合や、その他の万が一を考えた結果だろう」

 部隊の長がそう仰ったので、私からは何もいう事はありませんでした。
 発見者を自称する女性の先導に従い、私たちは馬で目的地に辿り着きました。そこは開けた場所で、何処から魔物が現れても容易に迎撃出来るほど見晴らしがいい平原でした。
 裏を返せば向こうも私たちを囲みやすい、という事に気付かず、隊長同士で話を決めて隊を分けて捜索する事になりました。
 その結果が、この有様です。
 周囲は沢山の種類の魔物によって包囲され、第24分隊と部隊が分断され、僅か四人での孤立無援の戦いを強いられているのです。

「くそっ、くそぉっ!」

 やたらめったら短槍を振り回し、間合いに近づけさせないよう必死になっている少年兵の悪態は、先ほどよりも力ない物になっていました。
 普段ならば彼の事を『情けない』と思い、叱咤の一つでも投げかける所ですが、今はそんな事をしている暇も余裕も私にはありませんでした。
 右を向けば小悪魔、インプ。
 左を向けば蛇の魔物、ラミア。
 正面には牛の化け物、ミノタウロスが斧を構えているのです。
 その後ろにはもっと多くの、それも様々な種類の魔物が行列のように待ち構えているのでしょう。気を抜けば、そこから部隊は壊滅してしまいます。

「はあっ!」
「きゃんっ!」

 死角から飛び掛ってきたワーウルフを剣で切り払い、続けて詠唱を始め、

「聖光よ! 閃となり、魔を滅する矢となれ!」

 自身の魔力が指先に集まる感触を得た後、斧を水平に構えて私に襲い掛かってきたミノタウロスに向け、解き放ちました。
 魔力は光となり、光は矢へと形を変え、六、七本の線となって牛の魔物へ突き刺さりました。

「うわっ!? 熱っ! 痛っ!?」
「――くっ!」

 確かに急所を狙ったのですが、既に疲弊が限界に来ているようで、ミノタウロスの肌を焦がす程度で矢は砕けてしまいました。

「って、なにににこれれれ、しびれれれれ」

 それでも効果は出たようで、ミノタウロスは身体を振動させたままその場に膝を突きました。斧も手放してしまい、完全に動けなくなっているようです。
 これが、教団の中でも使える者が限られている『聖術』と呼ばれる魔法です。
 信仰心に厚く、なおかつ正しい心を持った勇者や、それに類する者にしか使えないとされる魔法で、魔物が持つ魔力に直接影響し、内部より効果を発揮するという物なのです。

「全員、一箇所に固まれ! アニーが増援を連れて来るまで何としても持ちこたえるぞ!」

 逞しい男性の声が辺りに響き、それに従うように後ろに下がります。

「いーまだーっ!」

 下がろうとした隙を狙ってインプが襲い掛かってきましたが、

「――ふっ!」
「きゃーっ!?」

 私が居た場所を、長剣が降り抜かれ、インプを弾き飛ばしてしまいました。その剣の持ち主は私の隣に立ち、肩を並べます。

「エミリア、余力はあるか?」
「はい! まだ頑張れます!」
「よし。全員が集まると同時に、私たちが前衛となって包囲を突破する。合図を待て」
「了解です!」

 彼こそがこの第23分隊の隊長にして私の剣の師、エリアス・ニスカヴァーラさんでした。
 冷静沈着で思慮深く、部下を見捨てないその姿勢。指揮官としても上司としても高い実力を持っていて、そして一度剣を握れば勇者候補の私以上の強さを誇るという素晴らしい人物。それが、彼でした。
 現に、彼が私達の他に第24分隊にも協力を要請してなければ、さらなる物量戦術で私たちはとっくの昔に魔物の餌にされていた筈です。そして瞬間的な判断でアニーさんを包囲網から逃がしていなければ、今頃皆の心は折れてしまっていたでしょう。

「――一向に減る気配がありませんね」
「アニーが本隊から救援を連れてくる事を信じて戦うしかない。ハミル、魔力はまだ残っているか?」

 私の背中に、別の大きな背中が押し付けられました。声から察するに、背中を合わせているのは私達の頭脳、ハミル・コブレフトさんでしょう。

「あと四割って所ですね。詠唱に掛ける時間があれば転移魔法ですぐ逃げられるんですが」
「駄目だ。まだ24分隊の隊員が生きている可能性があるこの段階で我々だけ逃げるわけにはいかない」
「はいはい分かってますよ。絶望しかけてる
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