第二十二話 復讐の果てにて、願いは叶う/新兵のターン

 私にとって見慣れたその村は、ある日突然その姿を変えた。
 隣の一家では、レッサーサキュバスとなった母親が息子の陰茎を上手そうに咥え、娘が父親に抱かれていた。
 女友達の家では、ラミアとなった妻、姉、妹の三人が、父親を相手に身体を絡ませ、代わる代わる求め合っていた。
 怖い農夫が住む家では、老いていた筈の妻が二十歳後半にまで若返っていて、年甲斐もなく後ろから、牛のような角を生やした妻と共に腰を振っていた。
 これが、あの日私が見た真実。
 今まで忘れていた、目を背けていた事実。
 魔物によって人は堕落し、魔物よりも魔物らしい、淫らで愛欲の化身となる。
 何故魔物たちがこんな事をするのかちっとも理解できないが、当時の私は必死に見ない振りをして、父さんが居るであろう自宅に駆け込んだ。そして、

「――父さんっ!」
「シャーランか!? ……無事でよかった」

 無事な姿の父親を見て、胸をなで下ろす。
 一緒に村の外まで逃げよう、と提案すると同時に、奥の窓が開かれる。

「逃げるんだ!」
「あ、待って、父さん!」

 父は武器を持って、来るであろう魔物を払いに走り出した。私の制止も聞かずに。
 窓が開かれ、緩慢な動作で現れたのは、肘、膝共に先端から中ほどまで赤い皮膜で覆われた、褐色の肌を持つ魔物が現れた。
 私と同じ赤黒い髪を持っていて、でも私と違ってクセッ毛ではなく、綺麗なセミロング。あちこちに土が付いているが、そんな事が気にならない程、同性の私から見ても綺麗、と言える魔性の存在。
 武器を振り下ろす直前、父さんの身体は硬直した。
 当時は背中だけしか見えず、どんな表情を浮かべていたか分からなかった。
 しかし、今ならば分かる。
 間違いなく、信じられないものを見てしまったような、そんな顔をしていただろう。
 何故ならば、そこに居る筈のない人が、

「おはようございます、オリヴァー」
「――イザ、ベラ?」

 失ってしまった筈の最愛の妻が、目の前で淫らに笑っていたのだから。

「どうして、君が」
「ふふっ♪」

 私の母、イザベラは嬉しそうに声を上げて笑った後、ゆっくりと、ねっとりと父を抱きしめた。もう二度とないと思っていた、妻からの抱擁により、父は武器を手放してしまう。

「まだまだ未練が残っていましたので、貴方の下に戻って来てしまいました……♪」

 イザベラは変わってしまった村の連中と同じ、妖しげで、恍惚とした表情を浮かべていた。

「未練……?」
「ええ」

 腕を僅かに緩めて、吐息が掛かるほどの距離で顔を合わせ、母の姿をした魔物は言った。

「もう一度、二度、三度……、とにかく、何度でも貴方と愛し合う為に、こうやって戻って来たんですよ……?♪」
「――イザベラ」

 そうして、二人は唇を重ねた。
 初めこそささやかなものだったが、次第に舌を舐めあうように深く、お互いの唾液を貪り合うように強く、求め始めた。
 肌をより密着させていくその光景は、さながら死別していた間の空白を埋めるように、丹念に繰り返された。

「本当に、君なんだな……?」
「もう……っ♪ 他の誰かな訳ないじゃないですか……♪」

 ほんの少しだけ身体が変わっているものの、何もかもが夢にまで見た、それ以上に美しくなった妻に父は早くも虜になっていた。
 既に魔物への抵抗の意志は消えており、肩に入っていた最後の力が抜けていく。

「ずっと、ずっと君に会いたかった」

 声色が完全に変わった。ほんの少しだけ含まれていた、驚愕や恐怖、疑念などが全て消え失せ、安堵だけが残っていた。

「君に会う為に、何度死のうと思っただろうか」
「私も、冷たい地面の中で、ずっと貴方を欲していました」

 またキスをして、抱き合う。その様を見せつけられていた私は、完全に正気を失っていた。
 そして、母の視線が肩越しに、私に向けられる。

「ああ、また会えるなんて思いもしなかった……。さあ、シャーラン? 貴女も、こっちにいらっしゃい……?」

 片腕を父から離し、手を差し伸べてきたのだ。

「――はは、ひ、ひぃっ!」

 そこで私はおかしくなってしまったのだろう。
 溢れ出る涙と狂った笑みを浮かべて、共に暖炉から火を取り出し、家の中に放り投げて家屋を燃やし始めたのだ。
 狭い村だから家屋はどれも隣接しており、炎は瞬く間に燃え広がっていった。
 私が燃える村から走っていたのは、父の下に行くのではなく、逃げる為だったのだ。

 ・・・

 意識が浮き上がってくるのと同時に、私の身体も浮き上がった。

「――ぷはっ! はぁ、はぁ」

 いつの間にか水の中に叩き込まれていた私は、周囲を見回した。

「ここは、堀?」

 アルカトラの外壁の周囲に広がっている外堀だろう。予想外に深く、下手したら浮上す
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