第二十一話 真実の場にて、正しきを願う/勇者候補のターン

 両手足を繋がれ、鉄格子の中に入れられた私たちは、ただひたすら時を待つ事しかできませんでした。
 怪我が治療されなかっただけでなく、冷たい床に投げ出されたのです。こんな場所では休息を取れる訳がありません。

「――」

 そんな中で、私は考えていました。

「――シャーランは、無事なんでしょうか」

 最近出会ったばかりの新兵。
 教団の考え方を一切持たず、破天荒な事ばかりする少女。
 私の対極の位置に居ながら、私と同じ人を好きになった好敵手。
 彼女は今、死を目前にしている筈なのです。
 私を、庇った所為で。

 ――……何で。

 彼女が何故私を庇ったのか。それは確かに疑問ではあります。もしその理由が分かれば、彼女に対して感謝か、張手を浴びせなくてはならないでしょう。
 ですが、今私が抱えている疑問はそれとは違うものでした。
 身体を縛る鎖を鳴らしながら、本来ならば英雄として讃えられるべき彼女が今、受けているであろう処遇。
 私たちがこんな状況なのですから、彼女もまた同様の扱いを受けているのでしょう。いえ、もしかすると死体として扱われて、地下にあると噂になっている死体遺棄場に放り込まれているかもしれません。
 そう思うと、より一層怒りがこみ上げてきます。

 ――教団は、一体何を考えてるんでしょう……。

 アニーさんが命を奪われました。あの命令がなければきっと、ハミルさんもシャーランも、今のような目に合わなかった筈です。
 アルカトラに住む市民の為に、必死になって戦った者たちに対する報いが、こんな理由も分からない死。

 ――……っ!

 やはり、納得がいきません。
 このまま処刑の時を待つくらいならば、脱獄して、理由を聞き出す。

 ――そして、それが醜悪な欲望から出たものならば、斬る。

 許さない。
 こんな復讐のような真似、私が目指していた、象徴となるべき勇者の所業ではありません。
 それでも私は、理由が知りたかった。理不尽な状況に置かれて、すぐさま頷けるような器用な人物ではないのです。
 何より、私の大切な人たちを傷つけた事が、一番許せない。
 きっと彼女、シャーランもまた、私と同じ立場に立てば、私と同じ事を考えるでしょう。

「――ぐぅっ!」

 腕に力を籠め、腕の鎖を歪ませる為に全力を発揮します。18の小娘とはいえ、私も勇者候補。腕力にはそこそこ自信があります。
 とはいえ、教団も馬鹿ではありません。私の力を見越して、通常のものよりも頑丈な鎖を用意していました。

「ならば……、シャーラン。貴女の力を借ります」

 彼女が用いていた魔法、身体強化。教団仕様のものとも、市販のものとも勝手が違うその魔法。
 ドラゴンに挑む前に、どういう仕組みのものなのか聞いておいた事が吉と出たようです。

「身体強化、倍率、3倍!」

 全身を巡る血液の流れが急速に上がり、吐き気を催します。
 ですが、胃の中身を破裂した血管から漏れた血液と共に吐き出している暇はありません。

「――は、あっ!」

 鈍い音と共に、腕を締め付けていた鎖がたわみ、中央から引き裂く事が出来ました。同時に足の鎖も破り、勢いそのまま鉄格子を握りしめ、

「お、おぉぉおおおぉぉぉ!」

 隙間を無理やり広げ、人が一人通れるだけの空間を作り出します。
 そして全てを完了した時、

「――うぐっ!? がっ、ごふっ!」

 込み上げてきたものを床に吐き出し、やってきた眩暈によってその場に崩れ落ちそうになってしまいます。

 ――シャーランは、普段からこれに耐えていたって言うんですか?

 彼女は自分を一般人と言いましたが、こんな自殺用としか思えない魔法を使いこなしている時点でどうかしている、と言えるでしょう。
 ともかく、私は牢屋から解放されました。すぐさま次の行動に移らなければ、巡回中の守兵に気付かれ、また牢屋に戻されてしまいます。
 足の負傷はまるで治ってはいませんが、

『まあ、念の為ね』

 と言ってやってくれた添え木による固定のおかげで、歩けない事はありません。

「待っててください、エリアス隊長、……シャーラン!」

 ・・・

 意外な事に、守兵は一人も見当たりませんでした。

「変ですね……。普通ならば、最低でも一人は居るんですが」

 あまりにも人の気配がないので、守兵用の休憩室や、鍵の管理部屋などを見て回りましたが、影も形もありません。

「まあ、私にとっては好都合ですね」

 机の上に置かれていた書類に目を通し、隊長がどこの牢屋に囚われているかを調べ始めました。
 そして数分後、

「――あった! エリアス・ニスカヴァーラ! 359番ですね!?」

 目当ての名前を見つけ、すぐさま鍵を見つけて握りしめ、彼が居る牢屋へ歩き始めました。


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