廃坑を出てから数刻が経過していた。窓の向こうは既に静まり返っていて、不気味なくらいに何の音もしない。
月明かりだけが部屋を照らす中、俺は詰め所の自分の部屋で、明かりも付けずにベッドに転がっていた。
ハミルを見捨てた。アニーは殺された。
隊長とエミリアは取り押さえられ、牢屋にブチ込まれてしまった。
そして、シャーランは、姐さんは、何処かに連れて行かれてしまった。
「――だってのに、俺だけ釈放かよ……」
全員が発言を許されない馬車の中で、俺の身体を検査していた魔法使いはこう言っていた。
「どうやら、君は本物のようだな。隊員の証明書もあるし、魔力も感じない」
俺がみんな本物だ、と声高に叫んでも、連中は生ぬるい同情の目で俺の事を見て、
「君は騙されていたんだ。本物がここに居る訳がないんだよ」
一切俺の話を信じようとも確かめようともしない。
しまいには興奮による錯乱状態と診断されて睡眠系の魔法を掛けられ、意識が戻った時には一枚の書類と一緒にこの詰所で眠っていた。
『三日以内に他の部隊へ転属命令が下される。それまで待機しているように』
なんて書かれた書類を引き千切り、俺はその場に拳を打ち付けずにはいられなかった。
ご丁寧に、外には兵士が立っていて容易に出られないようになっている。兵士側からすれば、魔物に惑わされた人間を、再び魔物の下に行かせない為の、いわば善意なんだろうが、クソも必要ないどころか迷惑でしかない。
――俺が姐さんだったら、アイツら蹴散らして隊長たちを助けに行くんだろうけどな。
試す勇気のない臆病な俺は、誰も居ない詰め所で大人しくしている事しかできなかった。
隊長は今、どんな気持ちだろうか。明らかに冤罪を掛けられ、呆然自失となっているのではないだろうか。
エミリアは俺の事を憎んでいないだろうか。一人だけ助かった事を、恨まれていないだろうか。
姐さんは、無事だろうか。
気持ちが沈んで眠れない。そう思っていたが、廃坑内での精神的疲労は予想を遥かに上回っていて、一度目を閉じただけで意識を夢の世界へ引きずり込んでいってしまった。
・・・
姐さんが、降り注ぐ竜の血液からエミリアを庇った時、俺はその様を目の当たりにしていた。
全身血まみれで、両手のあちこちから白い骨が皮を破って突き出していた。 おまけに、ドラゴンのありえないくらいに太い尾を蹴り上げた所為で足が千切れかけ、皮一枚で繋がっているっていう、重症通り越して死んでいなければおかしいような傷を負っていてなお、あの人はエミリアの所にまで跳んだ。
数時間前まで目も合わせなかったような二人が、どんな会話をして共に肩を並べて戦う仲間になったのか、それは折れには分からない。けれど、姐さんは確かに、仲間を守る為に己の身を犠牲にしたんだ。
その時の彼女の顔は、
――……笑っていた、よな。
アニーが見た、っていう凶暴な笑みではなく、俺が見た意地悪な笑みでもない。動く腕があれば、胸をなで下ろしていたであろう、安堵の笑みだった。
仲間の危険を救う事が出来たからだろうか。それとも、他に理由があったからだろうか。
だが、
――それで死んじまったら、意味ないじゃねぇかよ……。
俺の勝手な願いから言わせてもらえば、姐さんには死んで欲しくなかった。 この事を本人に言えば、勝手に殺すなと怒られるだろうが、この気持ちは嘘偽りない真実だった。
最初に会った時はあんなに、嫌な奴だと思っていたのに、今では彼女が近くに居ない事が酷く寂しく感じる。
暴力的で人の話を聞かなくて、でも俺を俺個人として、レイブン・ケスキトロとして扱ってくれる、カッコいい人。そんな彼女に、俺はこの三日間で魅せられてしまっていたんだ。
今、こうしている間にも彼女は苦しんでいるだろう。いや、もう死んでしまっているかもしれない。
――……っ。
助けに行きたい。けれど、行けない。行こうと足を前に踏み出せない。
まるで、数日前の、彼女と出会う前の臆病な自分に戻ってしまったようだった。
――姐さんが居ないと、何も出来ないのかよ……。
結局は彼女に導いてもらわなければ、進む事すらままならない。
誰も俺とは向き合ってくれない、って勝手に決めつけて、勝手に人と付き合う事が怖くなって、何を言われても聞こえない振りをしていた時から何も変わっていない。
自分から向き合おうとする努力もしていないのに、勝手にそう思い込んでいた時と、何も変わっちゃいない。
そんな自分を嘲笑し、続けてこう言った。
――姐さんは、俺なんか気にも留めてないってのによ……。
廃坑から脱出する際、エミリアが言っていた言葉を思い返す。
『約束したじゃないですか! 帰ったら、二人、貴
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