第十八話 戦いの果てにて/勇者候補のターン

「あ、れ?」

 一瞬、意識が飛んだ様な気がしました。
 シャーランに投げ飛ばして貰い、どうにか焼き払われる前に一撃を入れられた事はハッキリと覚えています。感触が手に残っていますし、剣の先端を濡らす竜の血がその結果を物語っていました。
 ですが、それより先の記憶がありません。高所から落下した衝撃で意識を失っていたのでしょうか。
 周囲を見回すと、どうやら私は地面に倒れていたようでした。
 そして、否が応にも目に入る竜の巨体は、

「ゴァァグ、ギエァェッェァェ、ッァェァアアアッ!!!」

 首筋に走る痛みの前に、身体を暴れさせ苦しみ悶えています。
 しかし、その内動く事すらままならなくなるでしょう。
 先ほどの刺突には、魔力の流れを乱す効果のある聖術を、全力で練り込んだ攻撃でした。ドラゴンが怒りに囚われ、私たちを攻撃しようとする時にはもう、身体が麻痺して動かなくなっているはずです。

「やった……。あの伝説の存在に、私たちは勝ったんですよ! シャーラン!」

 すぐ近くで、私と共に戦ってくれた人の名前を叫びます。崖を登った時の符か負荷も、ドラゴンとの戦いで受けてしまったダメージもあるのですから、すぐさま治療してあげないと大変な事になってしまうでしょう。
 とはいえ、彼女が居なければこの結果は生み出せませんでした。悔しいですが、最も活躍したのは彼女と言えるでしょう。

「――シャーラン?」

 ここに来て初めて、違和感を覚えました。
 返答が、何処からも帰っては来ないのです。
 あんな高所から、それも高速で叩き落されたのです。彼女がどれだけ頑丈で無理をする人物だとしても、気絶していてもおかしくない事はわかります。
 でも、彼女はエリアス隊長の側に落下したはずです。彼女が答えられる状況でなくても、隊長が私に対して、彼女の無事を伝えてくると思っていました。
 なのに、

「エミリア!」

 声に振り返ると、アニーさんが私の下に駆け寄ってきました。

「アニーさん、彼女は、シャーランは、何処ですか?」
「……そ、それは」
「……え?」

 どうして、そんな風に私から目を背けるのでしょうか。うつむき、気まずい顔になっているのでしょうか。私たちは、傷付いたとはいえ勝ったというのに。

「――全員、撤退するぞ」
「待っ、きゃっ!?」

 背後から落ち着いた男性の、エリアス隊長の声が耳に入ると同時に、私の身体はアニーさんとレイブンに挟まれ、抱え上げられてしまったのです。

「いろいろ文句はあると思うけど、今は大人しくしてて」

 いつになく暗い顔の彼女を見て、横を並走するレイブンを見て、そして、『何か』を担いでいる、上着を着用していない隊長の震える身体を見て、違和感の原因に気付きました。

 ――何故、皆シャーランの事に触れないの?

 誰しもが感情を無理やり抑えたように押し黙り、前へと、ハミルさんが居るであろう入口に向かって走っていくのです。おかしいとしか思えませんでした。

「隊長! まだあの人が、シャーランが!」
「――既に、全員がここに居る。ドラゴンの暴走でこの空間は危険だ、逃げるぞ」
「既に……?」

 どう数えても足りないというのに、何を言っているのか。
 そう考えた瞬間、私の脳裏にある予感が浮かび上がりました。
 いえ、最初からそれを知っていて、気付かない振りをしていただけなのかもしれません。

「隊、長……。その、抱えてるのは、……まさか」

 彼の上着を巻かれたその『何か』は、細長くて、まるで、人間のようで、

「……っ」

 彼の、涙を堪えるような反応を見て、頭を殴られたかのような衝撃が走りました。同時に、何が起こったか、その原因となる光景もまた、蘇ってきたのです。
 何故、こんな事に。どうして、こんな事を。

「おわっ! 危ねっ!」

 ですが、その疑問は頭上から降り注ぎ始めた岩石によって振り払われる事となってしまいました。

「急げ!」

 悲しみを振り払うように、張り上げられた声が私たちを急かします。
 しかし、地震のように揺れる地面と落石は簡単には前へ進ませてはくれず、入口まで20歩ほどの距離の所で、目を疑いたくなる光景を見る事となってしまいました。
 この空間と坑道を繋ぐ入口の真上から、大量に岩が落ちて来ていたのです。

「駄目だ、間に合わねぇ! 入口が崩れちまうよ!」

 ここからでは、どうやっても間に合わない。
 その時、私たちの背後から、魔力を感じました。

「――突風よ、疾く現れ、我が仲間を吹き飛ばせ」

 声と同時に、私たちの身体は背中から強く押され、崩れ落ちようとしていた入口を通り過ぎ、狭い坑道に投げ出されました。

「何が起こ――」

 こんな事が出来るのは、私たちの中には一人しかいません。

「――
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