第十七話 血戦にて/隊長のターン

 私は、信じていた。
 あの二人は、こんな所で死んでしまうような、軟な人物でない事を。
 一人には夢がある。そして、夢半ばで諦めるような柔軟さを持ち合わせてはいない。
 もう一人には信念がある。目の前の敵を倒すまでは諦めるという選択肢すら考えない。
 どちらも、私にとって手間の掛かる部下であり、同時に、誇りでもある。

「――ぁああぁぁぁあああっ!」

 悲鳴のような叫び声は轟音を伴って、岩壁から飛び出た。

「エミリア! シャーラン!」

 服は擦り切れ、全身から血を流しながらも、二人は生きていた。満身創痍ではあったが、その瞳からは少しも力が失われていなかった。
 ならば、

「レイブン!」
「了解っ!」

 レイブンに命令を飛ばし、私は自分で仕掛けた罠を起動させた。

「ぬああぁぁぁ、あぐぐっぅぅぅぅぅ!?」

 ハミルの魔法が徐々に弱まるタイミングに合わせ、ドラゴンの身体をロープが巻きつき始めた。当然、感電しながらもドラゴンはそれを引き千切りに掛かった。

「い、何時の、間に!? だが、こんなも、のっ!?」

 だが、そんな事は想定内である。故にこのロープにはあらかじめ、各部分に魔力を抑え込む魔法が付与された符を仕込んでいるのだ。だからこそ、触れただけでその部分の魔力を減衰させる。
 しかしドラゴンはやはりドラゴンで、その長く太い首を振り回し、向かってくる二人を迎撃しようとしたのだ。このままでは二人ともまた壁に叩き付けられてしまう。いや、もはや防御する体力すら残っていない可能性だってあるのだ。今度は、確実にやられる。

「姐さん、エミリアっ!」
「っ!」

 そんな二人を救ったのは、レイブンだった。
 ドラゴンがエミリア、シャーラン、アニーの方に意識が向いている間に、私は彼を天井間際まで飛ばさせたのだ。
 無論、ハミルが前に作っておいてくれた飛行用の符を使わせてではあるが。前に私が使った時は制御が分からず危うく雲の上まで飛んで行きそうになったが、若者は新しい道具の使い方をすぐに覚えられて羨ましい。
 天井の中心へと深く槍を突き刺し、そう簡単には抜けないようにして、そこからロープを吊り下げた。これにより、限定的ではあるが空中での回避行動を行えるようになっていたのだ。

「隊長の作戦とはいえ、高いトコは怖いんだよ!」
「なかなかどうして器用な事、出来るじゃないですか」
「へっ! お前に褒められてもあんまり嬉しくねぇな!」
「何よー、私に褒めろっての? 高い所でビビってるガキンチョが偉そうな口叩くんじゃないわよー」
「ぬあぁ!? ちょっとくらい褒めてくれてもいいじゃねぇか!」

 すんでの所で竜の攻撃を避け、放物線を描きながら三人は反対側の壁に足を付いた。

「ほらほら! こっちに意識向けないとまたあの矢が飛んでくるわよ!?」

 動こうとする竜を牽制する為に、アニーがまた矢を撃ち始める。攻撃の瞬間に喉にでも撃ち込まれようものなら、ただでは済まないと竜はアニーに視線を向けた。
 これが最後の機会。そう感じた。

「ほら、さっさとやりなさい!」

 アニーの声を聴いたシャーランは、もう限界の筈の足にさらに力を籠め、

「――ガキンチョ」

 壁を蹴って飛んで行く直前に、レイブンへ笑って告げた。

「やれば出来るんじゃないの」
「――」

 そして再び、中空に踊り出た。今度こそ巨体に確実な一撃を見舞う為に。

「投げるよ!」
「ええ、お願いします!」

 最後の一撃をエミリアに託したのか、壁を蹴った勢いにさらなる威力を加える為、シャーランはエミリアの身体を投擲しようと動く。二人の身体を結んでいたリボンは既に千切れかかっていて、エミリアが指で引っ張っただけで両方とも容易く切れた。
 残った気力を腕に回し、最後の攻撃として、

「あとは、任せた!」

 文字通り全身全霊の力を持って、エミリアの身体を投げ飛ばした。

 ・・・

 行ける。そう確信した時、

「――っ! 姐さん! 横だ! 尻尾が襲ってくるっ!」

 レイブンの叫びを聞き、視線を向かわせると、確かに巨大な尾が鞭のようにしなり、シャーランたちに叩き付けられようとしていた。
 だが、もはや言って止められはしない距離まで迫ってきている。おそらくまばたきを終え、次に目を開けた瞬間、エミリア諸共尾に轢き殺される二人の姿が見えるだろう。

 ――頼む。

 それでも、私は願った。主神様に、ではない。

 ――もう無理なのは知っている。

 この状況を変えられる、ただ一人の存在に、だ。

 ――傷に塩どころか、傷口そのものを抉り出すような真似だという事も分かっている。

 誰よりも己の無力を感じた彼女ならば、シャーランならば、このままで終わる訳がない。
 だから、

「シャーランっ!」
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