燃える燃える眼下の村。
泣いて叫ぶ誰かの声。
逃げて走る、私の影。
他に何か、あったっけ。
朝も夜も静かな部屋。
本と机と筆記用具。
誰も居ないし、誰も来ない。
ここには何にも、なかった。
通りがかった酒場のゴミ箱が私を呼んでいた。
正確には、その中にあったクシャクシャなメモ帳。
私は戦う力を見つけた。
鍛えて、学んで、さあ行こう。
からっぽのまま、行ってきます。
・・・
何処までも青い春の空。私を乗せた馬車は整備された街道を進んでいく。
頭上を飛んでいく鳥の影が山奥へ向かっていった。
周囲の森は静かで、危険があるようにはちっとも見えない。
そんな平和な旅路の中、私はあくびをした。
「――くぁ」
「おーう! 中々に退屈そうじゃねぇか!」
「あん?」
楽しげな声に振り向くと、馬車の手綱を片手で引きながら業者が身体をこちらの方に向けていた。彼は思った通り分かりやすい笑みを浮かべている。
「馬車に乗った時はあんなに周りの景色が変わるのを楽しそうに見てた癖に、もう飽きちまったか?」
「そりゃそうよ。さっきの茶屋を過ぎてからちっとも景色変わらないんだもの。山、山、山、たまに森とか湖とかあるだけ。まったく変わり映えしない所ね」
「同感だぜ! あそこには仕事で何回も行ってるが道中が暇で暇で仕方ねぇ!」
その割には楽しそうに喋っている気がするが、これが彼にとって普通の話し方なのだろう。なので特に気にしない事にする。
「んじゃ、暇だしよ。お前さんが何であそこに行くのか、時間つぶしがてら教えちゃくれねぇか?」
「ん? ……あー」
問われ、私は業者の視線が私の背後、荷袋と軽鎧に向けられている事に気がついた。こんな物を持って国の首都に行く以上、向こうも私の目的を読んでいるとは思うのだが、せっかく問われたのだ。答えるべきだろう。
「ちょっと主神教団に入って、大暴れしたくってね」
「――はぁ?」
「だから、暴れたい気分なのよ。それも思いっきり」
「……ぷっ、ふふ、ハハハハハッ! 何だよそのトンデモ動機は!」
ちゃんと答えたというのに笑われた。何と失礼な男か。
「何で笑うのよー」
「いや、ひひ、だってよ! 教団の人間って、どいつもこいつも『人々を魔物の手から守りたい』とか、『主神様の御心を世に広めたい』とか似たような事言うのに、それがいきなり『暴れたい』だぜ!? これが笑わずにいられるかよ!」
腹を抱えて笑う男に、一発拳をお見舞いしたくなったが、私が一般人を殴ると酷い事になるので我慢我慢。
「ふへ、はは、いやーすまねぇ! ちと笑いすぎた!」
「まったくよ。そんなにおかしい?」
「おかしいも何も、お前さんよくそれで兵士試験受かったな! そんな考えって事は信仰心もねぇだろ!?」
「え? 何でわかったの?」
また爆笑された。ちょっと腹が立ったので軽い手刀を脳天に振り下ろしてやる。
「ぐへっ! ちょ、殴るこたぁねぇだろ!」
「人様の事情を笑うなんて失礼じゃない。ぶたれて当然よ」
悪い悪い、と特に悪びれる様子もなく頭を下げられた。
「だがまあ、その話教団の中ではするなよ! お偉いさんに怒られちまうぜ!?」
「あー、あんまりにも妄信的な子が居たら我慢できないかも」
「ハハハハハッ! とんだ教団兵も居たモンだ!」
その事に関しては、まあ概ね同意だ。
世界と人間の創造者、主神を崇める訳でなく、かといって赤の他人の平和を守りたい訳でもない。そんな人間が教団兵になるべきではないと思う。
――けど、ここじゃないと出来ないしね。
それでも、私にはやらなければならない事があった。
十年前に起こった『あの出来事』。それからずっと悩み続けて、私は『力』を手に入れた。
もう私は、あの時の私じゃない。
目の前の脅威が怖くて、立ち上がれなかった私じゃない。
目の前の脅威に怯えて、奪われる事しか出来なかった私じゃない。
私はこの『力』で、目的を成し遂げる。そう決めたのだから。
「おっ、やっと見えてきた!」
「ん? 見えてきた、って――」
業者の声に我に返り、窓から頭を出して正面を見通す。すると、
「――わ」
「長旅ごくろーさん! やっと目的地に着きそうだぜ!」
遥か遠くに巨大な建築物が見えた。その周囲には城壁らしき壁も確認できる。あれはおそらく、
「アルカトラ、か」
この領地の中で最も大規模な都市、アルカトラ。これから私はあの都市で暮らし、教団兵として戦うのだ。
だがその前に、調べる必要のある事を思い出した。
「ねぇ業者さん」
「おいおい! さん付けなんて、そんな他人行儀で呼ぶなよ! 俺の名前はレントンだ! 『レントンさん』、『レントンおじさん』って呼んでく
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