沈んでいた意識を殴りつけるような痛みが、私の目を覚ましました。
「っ! ――ん、ぁ……」
一体何がどうなっているのか。前も左右も真っ暗で、標となるものは何一つ見えません。ひとまず自分が置かれている状況を把握する為に、私は魔力を練り上げ、荒い息と辛い物が込み上げてくるのを堪えながら、
「聖、光よ。光球、と、なりて、闇を、照らせ」
一字一句、絞り出すように言い放ち、やっとの事で詠唱を終えた瞬間、私の手のひらから光が溢れ出ました。初歩的な照明魔法なので明るさはさほどではありませんが、僅かな魔力で発動でき、なおかつ継続して使用してもそこまで負担にならないという点がこの、訳の分からない状況に置いてありがたいと言えるでしょう。
「くっ、がっ、……はぁ、はぁ」
身体のいたる所が悲鳴を上げていて、動かす度に警告のように激痛が走っています。まるで、それ以上動かすな、と言っているようなその痛みから目を背け、何とか上半身を上げる事に成功しました。
「――ぬぐぅ……」
「っ!? だ、誰!?」
聞こえた声にはっとなり、周囲を見回しました。しかし、明かりに照らされた範囲には人影はなく、声の出所を知る事が出来ません。
「重、いから、さっさ、と、――どけーっ!」
「え? ……えぇっ!?」
二度目の発声により、それが私の真下から聞こえてくる事に気付いた私は、首を下に向け、思わず目を見張りました。
そこには教団から支給された軽鎧を着た人物の背中があり、私はその人を下敷きにしていたのです。慌てて腕と腰の力だけで身体をどかし、半分以上岩盤に埋まっている人物を引っ張り上げました。
大丈夫ですか。そう声を掛けようとした瞬間、
「――貴女」
「ぐぬぬ、流石に高所から落下と下敷きは死ぬかと思ったわ……」
のそり、と緩慢な動作で起き上がったその人物は、三日前に私たちの部隊に配属された新兵、シャーランでした。両手を力なくぶら下げながら大きく息を吐き、首を鳴らしています。
「うっわー、上見えない。よく死んでないわ、ホント。生きててよかったわー。ところでアンタ、怪我ない?」
こんな状況においても普段通りの呑気な口調は一切変わる様子がありません。私は、そんな彼女に対して、
「――何故ですか」
「へっ?」
「何故、私を助けたんですか!?」
助けてくれた事を感謝するよりも先に、叫んでいたのです。
「貴女がこちらに来てしまった所為で、本来なら五人で任務を進められる所を、隊長たちは四人でこなさなければならないんですよ!? しかも貴女は前衛の人間ではないですか! 前が居なければ後衛はそれだけ苦労します!」
「いや、ちょっと、待って」
突然捲し立てられ、シャーランは戸惑いを隠せないようでした。
――違う! 私が言いたいのは、こんな事じゃ……っ!
その様子を目にする度に、私の心は少しずつ削り取られていくような感触を得ていくというのに、意志に反して私の口は彼女への不満を並べていきました。
「理解できません! そもそも私は貴女に助けられなくても落下への対策は持っていました! ハミルさんが直前に言っていたではありませんか!」
それは違います。突然の咆哮、足場の崩壊と、唐突な出来事に私の頭はついて行っておらず、よしんば現状を理解できたとしても落下中という事態に混乱し、魔法を唱える為に冷静になる事など出来なかったでしょう。
だから、身を挺して私を救ってくれたこの人にお礼を言わなければなりません。だというのに、何かに憑かれたかのように私はシャーランへ怒りの言葉をぶつけていくのです。
しまいには、
「私を助けて、隊長に取り入るつもりですか!? ――そんなに私を、部隊から追い出したいんですか!?」
心の奥底に抱えていた、負の感情までもが飛び出してきたのです。
――あ……。
肩を大きく上下に震わせ、ようやく言葉が出せなくなった時には、もう、
「……」
シャーランは、閉口したまま首を竦めていました。
「その、ええと……。ご、ごめん」
「――っ」
彼女の口から放たれた謝罪の言葉が、私に罪悪感を与えます。
「余計な事、だったよね。謝るよ」
レイブンにはあんなに理不尽に関わっていたというのに、今の彼女はまるで怒られた子供のように大人しくなってしまっていました。
それが見ていられなくて、私はその場から立ち上がり、彼女に背を向け、
「……くあっ!?」
右足に走った衝撃によって、その場に膝をついてしまいました。
「――ちょっと! 大丈夫!?」
我に返ったシャーランが顔を上げ、私の様子を窺っています。
「たいした事は、ありま、せ――、あぐぅ!」
痛みが走った部分に注目すると、
――足が、逆側に!?
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