第十一話 日暮れの散策中にて/参謀のターン

 重苦しい雰囲気から一転。シャーランさんは何事もなかったかのように『あのカレー』を六杯もおかわりするという暴挙に出たのです。
 見ていたアニーさんがついに眩暈を起こし、よろめきながらも私たちの詰め所に戻っていきました。重い話と空気を読まないカレー臭が身体に変調を起こしたのでしょうね。

「あー、何か気を悪くしちゃったならゴメンね。メシの場でする話じゃなかったよね」

 それもあったのですが、どちらかというと貴女の話の所為よりも、貴女の追加した昼食によって気を、ではなく胃を重くしたのでしょうが。
 ともあれ、妙にシャーランさんに好意的になった店主にお礼を言って、店を出ました。
 昼過ぎという事もあって、通りにはまだまだ沢山の人が往来しており、活気に満ちています。

「さて。何だかいろいろぶち壊しになってしまいましたが、何処に案内しましょうか?」
「うーん、酒場」
「……いきなり高難易度の注文が来ましたね。昼から飲酒ですか?」

 そんな事をすれば、ただでさえギリギリの立場なのに今度こそ教団を追い出されるでしょう。ああ、責任の処理で隊長の胃に穴が開くのも目に見えるようです。

「いやいや、昨日困ってた私たちを助けてくれた人にお礼しに行かなきゃならなくってさ」
「おや? そんな事があったのですか」

 彼女が言うには、僕達の居た現場へすぐに行かなければならないというのに、貸し馬が全て使用できず、立ち往生していたそうです。そんな時、馬を貸してくれたのがその人物だ、という事でした。

「いい酒を贈る、って約束しちゃったからねー。何処かでお酒見繕わないと」
「ではそちらから行きましょうか。――ですが、生憎と僕はお酒飲めないんですよね」

 この事実に気付いたのはアルカトラに来てからでした。入隊祝いのワインを飲んで、結果的に全裸で自室に寝かされていたのですから、よほどなのでしょう。

 ――というより、あの後皆さんから妙な距離感を感じたんですが、本当に僕、何やったんでしょうかね。

 以来、酒は絶対に飲まないようにしているのです。

「えー。人生の三分の一は損してるよ、それ」
「自覚はしてるのですが、――って、三分の一? 残りは何なんです?」
「へ? 酒と肉と女が男の人生の楽しみ、って本で読んだけど」
「何処出版ですかそれ。ちょっと文句言いたくなりましたので教えてください」
「官能――エロ小説だけど?」
「何てものを読んでるんですか貴女はっ!」

 わざわざ言い直す辺り、そういう事に抵抗がないんでしょうね。

「確か話の内容は、強面の傭兵団の団長が主人公でね。自分が殺した男の妻が復讐に来たから、女の服を引き裂いて腕を縛って、酒場で笑いながら仲間と一緒に――」
「やめなさい! 往来でそんな話するんじゃありませんよ!?」
「えー? その後が面白いのに。『俺たちの楽しみは、食う寝る飲む、そして綺麗な女の絵をかきながらついでにマスもかく事だ!』って言いながら、屈辱に塗れた未亡人の裸婦像をひたすら紙に書くのよ。最終的に団長たちの芸術に対する真摯さに心打たれて、未亡人を傭兵団全体が寝取る結果になって――」
「おねがいしますやめてください」

 よく見れば周りの、道行く人が生暖かい笑みを向け『うんうん』と頷いているではないですか。親指上に向けていい笑顔してる中年男とかも居ますし。

 ――最近の一般市民って、随分と性に寛容なんですね……。

 慎みを持たなければいけない教団兵なのに。そういう話を聞くと真っ赤になって怒りだすエミリアさんを見習ってほしいものです。
 既に先ほどまでの重苦しい空気は消え失せ、胃にのしかかって来るような精神的疲労感が交代して入場してきました。退場にしたくても出来ない辺りが厄介ですね。

「聞いた私が馬鹿でした。勘弁してほしいので、早くお酒探しに行きましょう」
「いい酒があるといいなー」

 悩みがなさそうで羨ましい限りです。

 ・・・

 それから約二時間。いいお酒を探しながら街を散策し、必要なライフラインを一通り教えた頃には、もう日が傾き始めていました。

「――しかし、いい酒とはいえ一樽は多すぎませんか?」
「へーきへーき。その場に居る皆で飲むんだし」

 肩に身の丈ほどの樽を担ぎ、それでいて僕と並んで歩いているシャーランさん。
 僕より頭一つ小さいというのに、身体の方は僕とは比べ物にならないようです。先ほどから疲れた様子を一切見せません。

「身体の方、大丈夫なんですか? 治したのは僕達ですが、昨日の戦闘の後遺症とか」
「大丈夫。こんなの朝飯前よ」
「時間的には夕食前、ですね」

 何気なく返した言葉にきょとんとした後、少女は笑いました。

「さーて、何処の酒場に居るのかなー。ハミハミー、この辺で一番大きい酒場って何処?
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