第十話 街中にて/姉役のターン

 事務課に所属している友達曰く、入隊式当日に新入隊員の除隊手続書を書かされたのは初めての事だったようだ。ついでに、その除隊処分を取り消すように言われたのも今まで一度もなかった事だと言う。

「何事かと思いましたよ。いやまあ、司祭様のお怒り受けちゃったってなら分からなくもなかったのでそこで納得したんですがね。でも既に書類を受理して頂いた時に『この人物をもう一度入隊させる事になった』なんて言われた日には、ハァ? ってなりましたね」
「そりゃねぇ……」
「で、アレが件の新兵ですか?」

 書類を書き終えたシャーランを連れて、アタシとハミルは教団領内の事務課に来ていた。中に入り、ひたすら机に向かって書類仕事をしている事務の人々を、シャーランは青ざめた表情で見ていた。こういうの嫌いそうだしね。

「うーん、どこからどう見てもただの女の子にしか見えないんですが。ランピネンさん、本当にあの子がオーガを一人で撃退したんですか?」
信じられないのはアタシも同じだが、事実である。
「ええ。アタシが見てたんだし、証拠も残ってるわ」
「……まあ、ランピネンさんが言うんなら間違いはないんでしょうけどね。見た目に反して結構教養あるみたいですし」
「そうなの?」

 そう言うと、シャーランが記入した書類の写しを見せてくれた。非常に整った字で、明らかにあの子がしっかりとした教育を受けていた事が感じられる。

「両親共に死んでるけど、学者の娘? ……そうは見えないけどねぇ」
「履歴を見る限り、両親に先立たれた後は父方のお知り合いの、結構有名な学者さんに育てられてますね。そこで習ったんじゃないですか? その辺り何か聞いてません?」
「いやー、あの子とマトモな会話って、実はまだ一度もしてなくって……」

 考えてみれば、あの子との会話の中で、あの子自身の事を聞いた事がない。今朝の自己紹介でも、初めて会った時もそうだ。何故だか自分からは話そうとしないのだ。
 あの子は何がしたくて教団に所属したのか。何故命を掛けて魔物を倒そうとするのか。

 ――極めつけはアレよね……。

 オーガと対峙した時の、あの笑み。鬼よりも鬼らしい、鬼気迫る表情。
何も分からないが、少なくともあの子は重い過去を背負っている。そんな気がしてならなかった。

「で、当の本人は何処に? あとアタシの同僚が居た筈だけど」
「ああ、お二人なら奥です。何でも、新兵の子の使用している身体強化魔法が教団基準の物でも一般に出回っている物でもない、全く異なる術式で成り立っているらしくって」
「……へー」

 簡単かつ、術式を理解しなくても使用できる魔法しか用いれないアタシは、魔法に関する知識と関心が薄い。なのでどういう事か分からず、いい加減に流そうとした。
 すると、奥から何かが叩き潰されたような破砕音が、扉越しに窓口にまで響いてきた。

「わーっ!? な、な、何をするんだ貴様ーっ!」
「す、すいません! ほら、貴女も謝るんですよ!」
「あちゃー、やりすぎたかなー」
「いいから!」

 慌ただしい声を聴いて、シャーランが扉の奥で何かとんでもない事をやらかしたというのが分かった。大方、身体強化魔法を使って見せて、何かを壊したとかそんな所だろう。

「あの子じゃ弁償できないだろうし、アタシとハミルで払う事になるんだろうなぁ……」

 占い師でもないのに、何故だか自分の財布が悲惨な目に会う未来がハッキリと見えた。

 ・・・

 身体強化魔法を使って見せて欲しいと頼まれたので実際にその場でやって見せた結果、狭い部屋の所為で近くの机を真っ二つに叩き割ってしまったらしい。予想通り。でも何もご褒美が出ない上にマイナスとは。

「あんな狭い所でやらせておいて、事故ったらこっちの所為とか。酷いと思わない?」
「いや、使う前に気付くでしょう普通」

 案の定弁償させられ、財布を軽くしてから事務課を後にしていた。教団領内からも出て、市民区画にまで来ている。もちろん菓子の配給は人数分頂いておいた。

「さてさて。これからアタシが街の案内するけど、何処から行きたい?」
「お腹減ったー」

 即答である。

「子供ですか……。まあ、そろそろ昼が近いですから無理はないですが」
「だったら近くにいい店あるわよ? 特にシャーランが好きそうな辛い料理を出すトコがね。確か、南方から輸入した『カレー』とかいう料理だったかな?」
「……へぇ」

 明らかに事務課に居た時と表情が違う。目を輝かせ、口の端を釣り上げている。

「ではそこで昼食を取りましょうか。私はあまり辛い物が得意ではないのですがね……」
「ああ、前あそこで食べたけど、普通の料理もあったわ」

 開店当時に興味本位で入って、刺激的な味に耐えながら見たメニュー表に、通常の料理があったのだ。
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