朝起きて。
「おはようございます、ご主人様。食事の用意が出来ていますよ。――あらあら、まだおねぼけさんですか? 仕方ないですね、そこにお座りください」
んー。
……あー、味噌汁のいい匂い。
「はい、お口を開けて下さいませ」
あーん。
むぐむぐ。……ん、何これ。
「昨日植えておいた魔界大根を煮たものです。いかがでしょうか?」
ん。春物みたいに新鮮でおいしい。
……随分育つの早いんだね。
「そ、それはもう……♪ さ、昨夜、あれだけ愛していただきましたから♪ 魔界食品は愛で育ちますので♪」
凄いね、魔界食品。農家が聞いたらそっと卒倒しそう。
「――そっと、そっとう……」
……あー、ようやく目醒めてきた。昨日は昼過ぎから田舎で暮らそう(アダムとイブ編)やってたから寝不足で寝不足で。
で、キミは一体主人から顔背けて何で肩を震わせてるのさ。
「な、何でも、何でもありません……! ふふ、ふふふっ……!」
ぬう、よく分からん。
何はともあれ、いなかぐらしの始まりだなー。さあ、何をしようか。
・・・・・・
「それでは、お気を付けて」
おうよー。釣果をそれなりに期待しといてねー。あと、周辺の地理探索よろしくー。
「元々温泉があったようですので、少し掘ってみますね。あと、危なくなったら私の名前を叫んでください。遥か彼方であろうとすぐに駆けつけますから」
はいよー。
手を振るフィネアに背を向けて、森の中へ入る。目的地は渓流ないし、魚の住んでいそうな川だ。
しかしまあ、完全に自然だ。人の手が全く入っていないから、何の対策も積まなかったら十歩歩いたら迷うだろう。
当然、こうまで大自然だと、野生動物も居るだろう。いくら現・迷彩ベレーとはいえモヤシがキュウリに変わった程度の俺ではどうしようもない。危なくなったら素直にフィネアを呼ぼう。
『魚を釣る時はね? 誰にも邪魔されず、自由で、何と言うか、救われてなきゃダメなんだ。だから、蚊だろうが蛇だろうが熊だろうが構わず関節技を決めれるようになるんだよ? あ、ごめんごめん、釣り方だったね? まず相手が接近して来たら体軸をずらして――』
……旅行前に川釣り用の竿をオヤジから借りようとした時、何故か教えてもらった関節技を活躍させる機会がない事を祈るのみだ。結局釣り方教えてもらえなくてネットで調べたし。カーチャンといいオヤジといい、ウチの家は何かおかしい。
そんな事より、本当に水のある方へ向かっているのだろうか。さっきから同じような風景しか見えないんだが。聞こえてくるのも、あと数日で命尽きる悲しき運命を背負った、セミ=サンのラブコールのみ。流水の音なんて微塵も聞こえてこない。
『この磁石に従って移動すれば、必ず水があります。――これですか? これは『救水主』と呼ばれた勇者の魔力が宿っているという、不思議な方位磁石です。東西南北の表記がないのは、これが『綺麗な水のある方向』にしか反応しない為なんです』
み、水……! とか言いながら戦ったんだろうか、その勇者。
……お? 何か聞こえてきたような。ザーザーと、何かが流れる音が!
茂る葉をかき分け、開けた場所に出る。
砂利。透き通った水。肺一杯に満ちる美味しい空気。
そこには俺が求めていた光景が広がっていた。
あったぞ! 川だ! すげぇ! 画面越しに見るのと全然違うぜ!
丸太が橋のように転がっていたり、枝が集まってダムみたいになっていたり、もう、自然! という感じがドゥンドゥン伝わってくる。
早速俺は腰の釣竿を出し、釣針にエサの虫を括り付ける。あんまり釣りとか興味なかったんだが、このネイチャーな光景を前にしてしまった以上、胸の中でニートになってたアドベンチャー精神が扉から顔を出したようだ。胸が躍る。
ふと、魚のエサのミミズをつまみながら思った。
『やーん、気持ち悪いー(笑)』
『HAHAHA、しょうがないなー。ほら、こう付けるんだぜ?(ドヤ顔)』
『キャー、男らしー(笑)』
キャンプとかをしている世の中の人間カップルはこんな事をしているのだろうが、そんな人間の感性はどうでもいい。騙されるな男よ、その女は一人になったら平気で虫を素手で殺してるぞ。
俺が考えたのは、ただ一つ。
フィネアは、虫OKな子なのだろうか。
流石に人間のような見え見えの仕草はしないと思うし、洗練された従者である魔界メイドがそんな事で動揺するとは思えないが、万が一という事もある。
……よく考えたら、俺フィネアの好きなものとか嫌いなものとか、知らないな。
釣り糸を川に放りながら、物思いにふける。
まず間違いなく、あの子の好きなものの一つに『俺』があるよなぁ。それを自覚するだけの付き合いし
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