「起きろー。朝ごはんだぞー」
二度、ドアが叩かれる。
「……」
反応を返す気も起きないので、無視する。
「起きろー。起きないとずっとノックし続けるぞー」
「……」
うっせーな、と呟く。
この声はおそらく、昨日オーガと殴り合っていた新兵の女だ。大方、自分の方が年上だからという下らない理由で俺の世話を買って出たのだろう。
――バケモンだから常識ハズレな思考持ってると思えば、ただの目立ちたがり屋か?
これもまた無視する事に。
「起きろー。起きないと気合入れてノックするぞー」
クソが。先輩風吹かせるんじゃねぇよ。
確かに俺の方が年下だが、俺の方がこの部隊では先輩だ。昨日来たばかりの新人がデカいツラしてるんじゃねぇよ。
「起きろー。ハイ、って返事しないとドアぶち破るぞー」
何か、とんでもない事が聞こえた気がする。
どうせ嘘だろう、と思ったが、急にノックが止まり、扉の向こうから嫌な予感が伝わってくる。慌てて扉に駆け寄り、ドアノブに手を掛けた。
「オイ、待」
「はいドーンッ!」
扉が爆発した。
いや、実際はそうじゃなくて、留め金がもぎ取れるくらいの勢いで爆発したんじゃないかと思わんばかりに押し出され、俺を押し潰したんだが。
「ぐおぉぉっ!?」
扉だった板は俺の正面部分全てを打撃しただけでは勢いが消えず、俺を貼り付けたままほぼ水平に吹き飛び、奥の壁に叩き付けられた。
「――あれ、起きてた? おじゃましまーす」
部屋を空けて第一声がコレである。
「ふっ、ふ、ふ」
「朝から含み笑いなんて、ご機嫌ねー。いい夢でも見た?」
脳筋が馬鹿な事を聞いてきたと同時に、俺を潰していた扉だった板が、前に傾き倒れていく。鼻からはがれた瞬間、喉の奥から辛いものがこみ上げ、鼻血があふれ出た。
「――ふざけんなっ! いきなり何をしやがる!」
「あれー? 第一声が『おはようございます』じゃないよー? まだ夢の中かなー?」
「なっ!?」
扉だった板が床に倒れたと同時に、馬鹿は一瞬で入り口から俺の眼前にまで接近しており、胸倉を掴んできた。
「起きろよー朝だぞー」
「へぶっ!?」
スナップの効いた、目にも留まらぬ速度のビンタが右頬に、左頬、右、左と何度も往復して喰らわされる。
「あははは、アンタ寝ぼすけねー。ほぅら優しく起こしてあげるぞー? なんせ素のままで目覚ましビンタしてるんだからー」
「あばっ、ひでっ、ぐえぁ!」
両頬が真っ赤になり、腫れが酷くなり、一撃一撃の重さに脳が揺れる。
「――おま、いい加減にしろ、この馬鹿女!」
必死に腕を振り上げ、右頬に打ち込もうとしていた左腕を抑える事に成功した。
「さっきから明らかに俺が起きてるの分かってやってたろ! 何考えてやがる!?」
「『おはようございます』って言わないと朝ご飯の代わりに左フックご馳走よー?」
「おはようございますから話聞けこのアマァァァァ!」
腹の底から叫ぶ。叫ばずには居られない。
「よーしよし。おはよー。今日の朝ご飯は私が作ったのよ! と言う訳でアンタ最後だろうから皿洗いよろしく」
「はぁ!?」
「最後の奴が片付けするのは当然でしょ? もう皆ご飯済ませちゃったんだから」
「何で俺がそんな事しなきゃ――、おい、ちょっと待て」
馬鹿が首を傾げた。大人しくしていれば普通に女っぽく見えるのに。
「飯、全員で食ったのか?」
「ええ、もちろんタイチョー達と一緒に食べたよ?」
全員食べた。一緒に。そして、俺を起こしに来た。
あの男が俺の事情を知って、俺の扱いに困っていたのは知っている。だからきっと、この女にも俺の事情を話しているだろう。俺が大将軍の孫で、なのに無能だという事を、この女は知っているのだろう。
それはつまり、だ。
「――お前、俺を嗤いに来たんだろ?」
昨日の記憶は殆ど無い。何かする前に潰されて、意識を失ったのだから。
戦いにすらならなかった俺を見て、活躍したコイツは、きっとこう思っただろう。
『何て情けない奴なんだ』
さらに隊長から俺の生い立ちを聞かされているならば、俺が社会的にも見放されている人間だという事が分かる筈だ。
――だから先輩風吹かせて、俺を顎で使おうってのか?
吐き気がした。もしそれが真実なら、コイツは本物のゲスだ。
「昨日の俺の戦いぶりを見て、『大将軍の孫の癖に弱ぇな』とか、嗤いに来たんだろ!?」
弱いのは自覚している。才能がないのはもっと前から自覚していた。
だが、それでも俺のちっぽけな自尊心が、女に嗤われる事だけは許せない、と叫んでいるのが分かった。
「だがな! お前がいくら強くっても、ここでは俺の方が先輩だ!」
本当に情けない。ただ長く居ただけで、
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