お稲荷さんとお酒を飲もう

 おや、見かけない顔じゃな。この辺りの者ではないようじゃが、旅の者かえ?

 そうかそうか。見たところ一人のようじゃが、連れの者はいないのか?

 なんと、それは僥倖――いや、なんでもないぞ。
 そうじゃ。お主、今時間は空いておるか?

 おお、そうか、空いておるのか。なら、少し付き合ってもらうぞ。

 なに、何処へ行くのじゃと? 酒場じゃよ、酒場。なんじゃ、そんな顔をして。まさか酒を飲んだことがない、などというのではあるまいな。

 まだ陽が出ている、じゃと? お主、分かっておらぬな。こういうのは飲みたくなった時に飲むのが一番なのじゃ。どうせお主も暇なのじゃろう、ついて来るのじゃ。
 安心せい、今日はわしの奢りじゃ。誘ったのはわしじゃからな。

 ……ええい、いつまで抗うか。お主も男なら腹をくくらぬか。安心せい、別に取って食う訳ではないからの。



 ここはわしの行きつけの店でな、色々と顔が聞くのじゃ。こうしてお主と二人でいられるのもそのおかげじゃよ。
 ここは静かに酒を飲むにはうってつけの場所じゃ。下で飲んでも良いのじゃが、何分騒がしくて落ち着かないからの。

 くく、何をそわそわしておるのじゃ。童ではあるまいに、も少し堂々とするがよい。

 ……なに、わしの体が気になるか。そうか、そうか。お主も立派な男じゃのう。わしも女としてみられるのは満更でもないぞ。

 違う、じゃと? ああ、この耳と尾が気になるか。まあ当然じゃろうな。
 わしは稲荷じゃよ。なに、狐の耳と尾があるだけで他は人と変わらぬ。気になるのなら見せてやらんでもないぞ。わしは動かぬから、お主が着物を脱がせて隅々まで見るがよい。

 くく、そんなに顔を赤くして、ほんにお主はからかいがいがあるのう。

 それにしても、そろそろ来てもいいころなのじゃが……おお来た来た。待ちくたびれたぞ。こっちじゃこっちじゃ。
 
 よし、酒も届いたことじゃし、わしが注いでやろう。

 ……なんじゃ、遠慮するでない。手酌でやるよりもわしのようないい女に注がれた方が酒も喜ぶものじゃ。さ、杯を出すがよい。

 そうじゃ、それでよい。……っとと、こぼすでないぞ。

 さて、それでは乾杯といくかの。



 お主もなかなかいける口じゃのう。酒もすっかりなくなってしもうた。

 ああいや、責めているのではないぞ。むしろ嬉しいくらいじゃ。わしは酒を飲むのも好きじゃが、酒を飲んでいるやつを見るのも好きじゃからの。何せ客商売をしているから、相手の顔や動きを見てその癖を見抜くのが楽しいのじゃ。
 そういえば、お主にはまだ言ってなかったかの。わしはこの宿場町で茶屋を営んでいてな……

 なんじゃその目は。まさかわしのことを、陽があるうちから酒場に入り浸る飲んだくれだとでも思うていたのではあるまいな。

 まあよい、続けるぞ。これでもわしが作る甘味はなかなかの人気でな、土産にと買っていく客も多いのじゃ。取り分け人気なのは……、ちょっと待っておれよ。

 あったあった、これじゃ……なんじゃ目を逸らして、ちょっと懐を探っただけではないか。

 飴じゃよ、飴。口に入れると蕩けると評判じゃ。持ち運びしやすいのもよい点じゃしな。
 こうして会ったのも何かの縁じゃ、一つ食べてみるか? なに、お代は要らぬよ。代わりに今後ともご贔屓に、というやつじゃ。

 何を躊躇っておる。安心せい、ちゃんと包み紙があるじゃろう。わしの素肌にくっついていたわけではないぞ。……まあ、まだわしの肌の温かさが残っておるかもしれんがの。

 どうじゃ、美味いか?

 ……そうかそうか、嬉しいぞ。気に入ってもらえて何よりじゃ。
 とはいえ、わしの仕事も楽ではなくての……。こうして休みをとれたのも久しぶりのことなのじゃ。じゃからわしとこうして二人きりになれたお主は運がいいのじゃぞ。なにせ、普段は飴をねだる童共に囲まれているからの……はぁ。

 む、済まぬ。ついため息をこぼしてしまった。わしにも色々とあるのじゃよ。

 ……なに、話せることなら話してみろじゃと? まったくお主も物好きじゃのう。じゃが、そういうのは嫌いではないぞ。

 折角じゃしその言葉に甘えさせてもらうぞ。もうすぐ追加の酒も届くころじゃ。飲みながら話させてもらおうかの。

 覚悟するがよいぞ、わしの愚痴は長いからの……くく、男が一度口に出したことじゃから撤回は許さぬぞ。今日は夜が更けるまで付き合ってもらうからの♪



 ……で、そやつがいうのじゃよ。『お前も早く婿をもらえ』とな。やかましいわい。仕事が忙しくてそんな暇はないのじゃよばーか。わしの下に来るのは甘味を望む童や女子ばっかりじゃ。なーにが『私みたいに素敵な出会いがあるといいわね』じゃ。当てつけか、わしへの当てつけか?
 仕事
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