森の中を歩く。
さくさく、と枯れ葉を踏む音が小気味よく響く。木々の間から差す陽光は、金と橙が混ざったような色で辺りを染めていた。
この分ならじきに夜が来るだろうか。
森の中をさらに歩く。
もうすぐ夜になるのなら、引き返すなり野営の準備なりをするべき時間だ。にも関わらず足は森の奥へ奥へと進んでいく。
そして、とある木の前に差し掛かったころ。
木の上から、カサカサと何かが擦れるような音がして
「パパ、おかえりなの〜〜!」
声と共に空から何かが降ってきた。
上を見上げると、それはパタパタと羽を羽ばたかせてこちら目がけて翼を広げて突っ込んで――
「とおーっ、なのっ!」
「わっ、ばっ――あっぶなっ!」
慌てて突き出した両腕の上に、ばんざいをしながら着地した。
「やったぁ、ちゃくちせいこうなのー!」
「お前な……」
肩を落として呆れながら、腕の上の襲撃者――オウルメイジの娘――を抱き寄せる。ふかふかとした羽の手触りが気持ちいい。羽毛の下には、子供らしいぷにぷにとした肌の感触があった。
小さな体を片腕で抱えて、空いた手でわしわしと頭を撫でてやる。娘はにこにこと目を細めると、頭を撫でる動きにされるがままになった。
「はい、おしまい」
娘を撫でる手を止めると、細めていた目がパッと開いた。彼女の眉間には皺が寄り、頬は不満そうに膨れている。
「だーめ。勝手にお家を飛び出すような悪い子には、もうなでなでしてあげません」
「とびだしてないの。パパをむかえにきたのー」
「はいはい、ママが心配するからもうしちゃダメだよ。それと――」
娘を地面に下ろすと膝を折って目線を合わせる。勢いよく飛び降りてきたせいか、もふもふした羽毛は所々がくしゃくしゃに丸まっていた。手櫛で整えてやろうとしても、すぐにくるんと跳ねあがってしまいどうにもならない。
「自分の羽毛なんだから、ちゃんとお手入れしてあげないと」
「うー、おていれよくわかんないの……」
「ちゃんとママに教わればすぐに覚えるよ……っと、はい、少しは綺麗になったよ」
毛先から撫で梳くことで、どうにか彼女の癖っ毛を宥めすかすことができた。……端っこの方がぴこぴこ動いているような気がするが気にしないでおこう。
……いや、やっぱ気になるな。
「えへへぇ……なでなで、きもちいいの
#9825;」
「――ハッ!?」
おっといけない。ついなでなでしてしまった。
我に返って娘を見ると、てれてれととろけただらしない顔になっていた。琥珀色の瞳の中に映る自分の姿は、彼女の心中を表すかのようにきらきらと光り輝いている。
「コホン。――ただいま」
「うん、パパ、おかえりなの!」
咳ばらいをすると、彼女を受け止めるために大きく両の腕を広げる。そして、勢いよく飛びついてきた大切な我が子を抱きとめるのだった。
§
「よっ、と」
木の幹によじ登り、体を持ち上げる。木登りを楽しむ年でもないが、家は木の上にあるのだから仕方ない。ここまで来て野宿はごめんだし、夫婦別居は娘の教育上よろしくない。
しかし、全身を使う運動は体に結構な負担がかかるものだ。
「えへへ、パパのせなかあったかいの〜」
おまけに我が娘も背中に乗っかっているのだ。まだ小さい子供とはいえ、それなりの重労働である。こちらの苦労はいざ知らず、娘はきゃっきゃと背中ではしゃいでいる。ぺたぺたと体を触ってくるので羽毛が擦れてくすぐったい。
幸せとはかくも重いものか、さりとて手放すこともできない、ああ悩ましい。
「お〜、パパのうでってカチカチなの」
「そりゃまあ、鍛えてるからね……って、危ないからじっとしてなさい」
「大きくなったら、わたしもカチカチになれたりするの?」
「いや、カチカチはちょっとなあ……」
カチカチに筋肉が付いた娘の姿を思い浮かべてしまい、思わず顔を引きつらせる。空を飛ぶという一点においては相応しいのかもしれないが、そうなって欲しくないのは勝手な願いだろうか。
「パパ、カチカチなのはイヤなの?」
「イヤって言うか、なんというか……ふかふかの方が好きだなあ」
「ふかふか?」
「そう、ふかふか。ママみたいなふかふか」
妻の毛並みを想像して表情を元に戻す。娘のふかふかも悪くないが、やはり番いになった相手とのそれは格別である。カチカチな筋肉とは比べるべくもない。
「パパ、わたしもふかふか?」
「うん、ふかふか」
「てへへ
#9825;」
さわさわと背中をくすぐる感触。お腹を覆う羽毛のそれを受け、思わず顔を綻ばせてしまう。木の幹を正面にしているためにやけ顔が見られてしまわないことと、まだ子供なので胸が育っていないことがせめてもの幸いだろうか。もしこんな――娘にでれでれしている情け
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