夢の中で見る夢

 夏の暑さもすっかり和らいだ頃。とはいえ秋が訪れるにはまだ早いようで、青空には入道雲が浮かんでいた。窓を挟んで部屋に降り注ぐ光は、程よい温かさを持っている。
 閉まっている窓に近づいてそれを開けると、外から風が吹きこんできた。閉ざされた空気を入れ替えるように心地良い流れが生まれる。薄手のカーテンがはためき、パタパタと音を立てて踊り始めた。

 なんてことのない穏やかな昼下がりの光景だった。
 昼食を終えた後に人心地つくにはいい塩梅だ。

 窓辺に腰を下ろして壁に体を預ける。そして、日差しの温もりを感じながらゆっくりと目を閉じた。

 こんな日はきっといい夢が見られるだろう。

§

 どのくらい時間が経ったのだろうか。
 ふと後頭部に生まれた違和感を受けて、微睡みから目を覚ました。

 気づかないうちに床に倒れてしまったのか、寄りかかっていたはずの壁の感触が無くなっていた。その代わりに、後頭部を覆うように柔らかなものが触れる感触があった。
 人の温もりを持った――おそらくは太ももだろうか――それの正体を確かめるために体を動かそうとしたが、何故か金縛りにかかったかのように指一本動かせなかった。唯一動く視線を頼りに状況を確認しようとしたが、首すらも固定されているため満足な情報は得られなかった。

 「――!」

 突然、首筋を何かが伝う感触がした。細く柔らかいそれは首の上を滑るように動き、顎を通りすぎて顔へと向かった。
 それは女性の指だった。白くしなやかな指は頬まで来ると動きを止め、顎までを包みこむようにふんわりと優しく広がった。
 しばらくの間、指はこちらの温もりを感じるように動きを止めていたが、やがて腫物を触るようにおそるおそる動き始めた。ひんやりとした指先が頬を揺らし始める。その動きにくすぐったいようなもどかしい感覚を覚えたが、不思議と悪い気分ではなかった。

 そのまま頬を弄ばれること数分、再び訪れた眠気に瞼が重くなってきた頃。
 ぼんやりとし始めた視界に新たな情報が舞いこんできた。

 若い女性の顔だった。
 はっきりと見ることはできなかったが、穏やかな、そしてほんの少しだけ寂しそうな顔をしているように見えた。
 彼女はこちらの視線に気づいたらしく、相好を崩すと掌で頭を撫でてきた。子供をあやすような扱いに気恥ずかしさを覚えたが、声を出すことも視線を外すことも、ましてや頭に伝わる感触を遮ることもできなかった。
 
 これは夢なのだろうか。
 陽だまりが見せている悪戯な夢なのだろうか。

 そう思っていると、視界が暗闇に覆われた。
 顔の上に感じる感触から、掌で目を塞がれていることが分かった。もう一度だけ彼女の姿を見ようとしたが、重くなった瞼はもう動かせなかった。

――おやすみなさい。
 
 意識が途絶える間際、か細い声が聞こえた気がした。

§

「夢、か」

 降り注ぐ太陽の光と、体を撫でる風の感触。確かな現実の感触を得て、先の光景が夢であることを理解した。そして、誰がそんな夢を見せていたのかも。
 首だけを動かして横を見る。視線の先ではナイトメアの彼女が寝息を立てていた。首が項垂れているせいで表情は窺い知れない。僅かに開かれた小さな口から洩れる寝息だけが、彼女が眠っていることを示す事実だった。

「すぅ……すぅ……」

 壁に寄りかかっていたはずの体は床に寝かされて、体に毛布がかけられていた。さっきまで自分が頭を預けていた場所には彼女のお腹があった。どうやら後頭部に触れていた柔らかい感触の正体は彼女のお腹だったようだ。

 悪いことをしたかな、と思う。
 こうして気を使わせてしまったこともだが、どうせなら彼女と共に寝るべきだったかもしれない。自分一人で眠っている姿を見て、彼女が何を思ったかは想像するまでもないだろう。こうして一緒に眠っていることが何よりの証拠である。

「ごめんな、気遣わせちゃって」

 胴体の毛並みを撫でながら呟く。肌触りのいい毛並みに包まれたからこそ、あんな夢を見られたのかもしれない。それとも彼女の願望だろうか。

「……かもな」

 ふと浮かんだ考えに気づき、思わず苦々し気にこぼす。ひょんなことから浮かんだその考えは、先程まで自分が見ていた夢と無関係ではなかった。
 
 先程まで見ていたのは自分の夢ではなく、彼女の夢だったのだ。

 彼女は自分の姿に劣等感を抱いていた。こちらは全く気にしていないのだが、人の上半身を持ちながら馬の下半身を持つその姿は、彼女にとって酷く歪に見えたのだろう。普段のおどおどした態度もそこから来たものかもしれない。 

 もし人の姿をとることができたのであれば、夢のように振る舞うことができたかもしれない。少なくとも、自身が感じている劣等感を取り去ることができる。彼女がそ
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