絡み合うしるし

 縁側に座り、しとしとと降っている雨を眺めていた。見たところ小雨だがしばらくは降り続けるだろう。特に天気に詳しい訳でもないのだが、なんとなく理由は分かっていた。

「雨、降ってますね」

 透き通るような声と共にお盆が置かれる。盆の上には湯気を立てている湯飲みが二つ並んでいた。白を基調にして、一つは青、もう一つは赤のつる草の模様が描かれている。中には鮮やかな緑色の液体が湯気を立てていた。

「一緒に温まりませんか」
「ありがとう、もらうよ」

 青の方を手に取り口に含むと、温かみのある味が口内に広がる。雨が降っているせいか気づかないうちに体が冷えてしまっていたようで、手足の隅々に熱が生まれていくのを感じた。

「雨を見ていたんですか?」

 声の主はお盆を挟んでこちらの隣に座った。粘性のある液体が垂れ広がる音がして隣を見やる。

「うん。今日も降ってるな、って思って」

 ぬれおなご。
 雨の降る日だけ姿を現すことから、雨を呼ぶ存在としてみなされている魔物娘。どうやって雨を呼んでいるのかは分からないが、事実彼女と出会ってからはこうして雨の日が多くなっている。
 その体質は時に尊ばれ、時に疎まれるものだった。

「旦那様とお会いした時も、雨が降っていましたね」
「そうだね」
「あの時、旦那様は私を見ても恐れずに話しかけてくれましたね」
「そりゃまあ」

 あの時の光景を思い返す。雨の中、傘も差さずに濡れている人間がいたのだから放っておく訳にもいかないと思って近づいてみたら。

「美人さんが一人で泣いているように見えたから、何があったのかって余計なことを考えてね」
「まあ」

 そう言って彼女は袖で口元を隠すと、くすくすと笑った。腕を上げたことで着物の衿がずれて鎖骨が覗く。つう、と彼女の肌から水が生まれ滴り、誘うような光沢を放っていた。

「あら、嫌ですよ旦那様」

 こちらの視線に気づいたようで彼女は衿を正すと、赤のつる草の湯飲みを手に取った。両手で湯飲みを持つと口元で傾ける。少し上を向いているせいで細く青白い喉元が見え、こくこくと動く様が露わになった。彼女もまた緑茶の熱を受けているようで、液体が通った跡に僅かながら赤味が差していた。

「さ、旦那様もお飲みになってくださいな」

 言われた通り、湯飲みを口につけて中身を飲み干す。ごちそうさま、と一声かけてから湯飲みをお盆に戻した。

「お粗末さまです」

 彼女はお盆に置かれた青いつる草模様の湯飲みを見やると、自分の湯飲みを置こうとしてその手を止めた。

「あのころは隣に誰かが居てくれる生活なんて考えもしませんでした」

 空になった赤いつる草の湯飲みは膝元で宙ぶらりんになってしまった。それをどうするでもなく、彼女は雨を見ながら言葉を続ける。

「私は雨が、雨を呼んでしまうこの体質が嫌いでした。雨の日は誰も外を出歩こうとしませんから」
「わざわざ濡れたい人はいないからね」
「でも、そんな私を旦那様は受け入れてくれました」
「下心があったからだよ」
「それでも……それでも嬉しかったんですよ」

 胸の内に秘めていた想いを吐き出した、重く、寂しい声色だった。目を離すといなくなってしまいそうな儚さがあって、たまらずに彼女の方を向く。
 遠くを見上げる彼女の頬に一筋の雫が伝っていた。口元にはうっすらと自嘲じみた笑みが浮かんでいる。悲しんでいるような表情でも美しいと思えるのは、彼女の姿が整っているからなのだろうか。ほんのりと赤らんだ頬に潤んだ瞳からは、どことなく叶わぬ恋に胸を締め付ける少女を連想させた。

 カチャン。

 陶器同士が重なる音がして、そちらに注意を向けた瞬間だった。

「こんな私でも、誰かのお傍に居られることが嬉しかったんです……それに」

 それに、と。
 そこで言葉を切った彼女の顔はほんの少しだけ変わっていた。

「それに、下心があったのは旦那様だけじゃないんですよ? ……私もおんなじなんです」

 憂いを醸し出す哀しみの笑みではなく、口元を綻ばせた喜びの笑みでもなく。潤んだ瞳の奥底からは内に湛えた情欲が見え隠れし、赤らんだ頬は満面の笑みで歪んでいた。肩を下ろし、整えた着物を再びはだけさせる。先程よりも着崩れた着物からは、しっとりと濡れた胸の谷間が覗いていた。
 『少女』ではなく『女』としての美しさがあった。

 触れ合う二つの湯飲み。青と赤で描かれたつる草が繋がり、絡み合う絵を作り出している。二人の間で交わされる『行為』の誘いのしるしだった。

「ひょっとしたら、雨が私たちを引き合わせてくれたのかもしれませんね」
「雨は好きになれた?」
「はい……それで、そのですよ」

 身を乗り出してこちらの服の裾を掴む彼女に、最早憂いの感情は欠片も存在していなかった。孤独を恐れ
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