「ひとまずはこんなもんかね……よし、よく頑張ったぞ俺」
夏の日差しを受けながら、首に巻いたタオルで額の汗を拭う。
ゴミ出しを終え、花壇の水やりを済ませ、家の前に打ち水もした。とりあえずは一仕事終えたといってもいいだろう。
「しっかしこの暑さはなんなんだか」
照りつける熱気は尋常なものではない。着ているシャツは汗で蒸れて肌にはりついてしまっている。額の汗は拭っても拭っても次から次へと流れ出して止まらない。コンクリートに撒いた水はすでに蒸発が始まっており、広がった染みはじわじわ小さくなっていた。辺りに響く蝉の合唱は、暑さにへばっているこちらをあざ笑っているかのようで凄まじく疎ましい。
とても朝の八時とは思えない気候である。
夏真っ盛りの陽気といえば聞こえはいいが、正直外で仕事をする分には地獄のような環境だった。高い湿度も相まって、外になのに蒸し風呂の中にいるようである。
釜茹でにされる感覚ってのは、こんな感じなのだろうか。
「まだ洗濯物も残ってるんだけどな」
ため息を吐いて家の方を向く。さほど大きくはない部屋を、そして稼働している室外機を見てもう一度ため息を吐く。部屋は薄手のカーテンで隠されていて、外から中の様子を窺うことはできなかった。
「一応、声かけてみるか」
部屋の様子、返ってくる返事。
おそらく訪れるだろう結末を知りながらも一抹の希望に縋ることにして、足早に家の中へと戻るのだった。
§
「入るよー?」
扉の奥にいる主に一声かけてから中に入った瞬間、ぶわと冷気が吹き付けてきた。全開で働いている冷房に首を振る扇風機が合わさって、体中の汗が急速に引いていくのを感じる。纏わりつく湿気も蝉の鳴き声もない、まるで天国のような空間が広がっていた。
こんな空間でイチャイチャできたら最高なのだろうが、楽園の主は俺がそうすることを許さなかった。
「へへっ、す〜ずし〜
#9825;」
楽園の主であるゲイザーちゃんはベッドの上で寝転がっていた。何が楽しいのか、枕を胸に抱きながら端から端までをころころと転がっている。薄手のタオルケットを体に巻いているが、どうやらその下には何も身に着けていないようだ。その証拠に、脱ぎ捨てられた衣服――露出が高めの下着も含めて――が床に散らばっている。もっとも、床に散らばっているのは一着や二着ではない。流石に足の踏み場こそあるものの、年頃の娘としてそれはどうなのかというレベルの汚部屋だった。
「……ん? あーっ! 早く扉閉めろよな! 涼しいのが逃げてっちゃうだろ!」
「そんな格好で何してんのさ」
飛び起きてこちらに――背後の扉を閉めるために――向かってくるゲイザーちゃんの姿を見て、ため息混じりに愚痴ることしかできなかった。
§
「やだ。がんばれ」
洗濯物を干すのを手伝ってと頼んだらこの即答である。……まあ分かってたけど。
「そう言わずに、人を助けると思ってさ」
「やーだー! アタシの珠のような肌が焼けちゃってもいいのか!?」
それは困る。でも俺が日干しになるのはもっと困る。
というか人が汗水流して働いているのに、冷房の利いた部屋でころころしてることに罪悪感とかはないのだろうか。
「ほら見ろよコレ!」
彼女は頭の上で両手を組んで腰をくねらせ、珠のような肌(※自称)を俺に見せつけた。タオルケットで胴体こそ隠されているものの、黒い光沢がある手足は実に見事なものである。彼女自身が細身なこともあり、モデルとしてもやっていけるのではないかと思わせるだけの魅力があった。
……まぁ、お胸とお尻、そして頭の方は貧しいのだが――
「ぶふっ!?」
飛んできた枕が顔面に直撃した。完全に不意を突かれ、ぐらりと体が揺れて床へと倒れ込む。枕の材質上、それ自体に威力はないことがせめての幸いだろうか。
「今なんかシツレイなこと考えてただろ?」
「……とんでもございません」
枕を引きはがすと仏頂面の彼女の姿が見えた。上半身だけを起こし、床に座ったままでその様子を観察する。
彼女は目の前に立って――貧しい、もとい慎ましい――胸を張っている。腰に手を当てて覗き込むようにこちらを見下ろしていた。特徴的な大きな紅い一つ目は睨みつけるように細められていて、背後の触手はこちらを様々な角度から捉えるようにうねうねと蠢いている。
「とにかく、アタシは手伝わないから! 黒い肌ってあんたが思ってるより大変なんだぞ!」
言い分は分からないでもない。事実、髪も肌も背後の触手も黒づくめなのだ。そんな状態で日差しを浴び続けたらたちまちダウンしてしまうだろう。それもあって外の用事は俺が済ませるようにしてきたのだが。
「でもさ、ゲイザーちゃん家の中でできる家事も何もやってないじゃん」
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