雲一つない空からじりじりと日差しが降り注いでいます。
辺りが蝉の声に包まれている中を、私は一人歩いていました。
「ふぅ、ふぅ……」
手に提げている袋のせいで思わず荒い息を吐いてしまいます。買ってきたばかりのお野菜やお魚、それに果物で膨れているそれは少々重く、両手で持った上で不格好によたよた歩く羽目になってしまいました。
――それにしても暑いです
肌を焼かないよう袖の長い着物を着ているので、身体に熱がこもってしまいます。
先程まで涼しいお店の中にいたこともあって、余計に暑く感じるような気さえします。もっとも、そんなことを口にしたところで暑さが和らぐ訳ではありませんが。
旦那様に手伝ってもらえば良かった、とも思いましたが、すぐにその考えを頭の中から追い出します。こんな暑い日に私の都合で連れ出すのは申し訳ないですし、いつまでも旦那様に頼る訳にもいきません。
今度からは日傘を持っていこうかなと考えつつ歩くこと数分、私は旦那様の待つ家に辿り着くのでした。
§
「旦那様、ただいま帰りました」
「あぁ、お帰り」
音を立てて引き戸を開けると、奥から旦那様が私を迎えに来てくれました。そして私の姿を見ると、すぐに手提げ袋を奪い取ってしまいました。
「あの、旦那様――」
「やっぱり」
旦那様はそのまますたすたと歩いていってしまいます。私は慌てて履物を脱ぐと、旦那様の後を追いました。
「あの、手を放してください旦那様。私が運びますから」
「いやぁ、流石に一人で買い物に行かせたんだしこの位は」
「いえ、これは私のお仕事ですから」
「お仕事なら手伝うくらいいいでしょ」
結局、旦那様は台所に着くまで袋を渡してくれませんでした。
§
台所に着いた旦那様は袋を置くと、その中身を並べ始めます。本来ならそれも私のお仕事なのですが、こうなってしまっては私の話を聞いてくれそうもありません。仕方がないので、私は旦那様が並べた品物を移すことにしました。
私は袋に包まれたお魚を手に取ると、備え付けてある大きな箱を開けました。冷蔵庫という名前の箱から、ひんやりとした空気が流れてきます。
「ふふっ」
その心地良い冷気を受けて、私は少し前のことを思い出すのでした。
それは旦那様に拾われて右も左も分からないころのことです。
初めて冷蔵庫の扉を開けた時はとても驚いたものでした。魔力も何もないただの箱が、私と同じように冷気を操る力を持っていたのですから無理もありません。私みたいなゆきおんなが入っているのですか、と頓珍漢なことを口走ってしまい、旦那様の笑いを誘ってしまったことは今でもはっきり覚えています。
あの時はちょっぴり恥ずかしかったです。
「ん、どしたの?」
声がした方を振り向くと、手を止めた旦那様が不思議そうな顔をしてこちらを見ています。
私の笑い声を聞かれていたのでしょうか?
「い、いえ、今日も暑いですねと思っていただけですよ」
恥ずかしくなった私は、振り向いた首を戻してから返事をしました。背中から旦那様の生返事が聞こえたかと思うと、がさごそと袋が擦れる音がし始めます。私も旦那様に倣って、冷蔵庫の中身を整理し始めるのでした。
「そうだねぇ。しばらくは暑くなるし、買い物は付き合うよ」
「いいえ、いつまでも旦那様の手を煩わせる訳にはいきません。明日からは日傘をさすつもりですから大丈夫ですよ」
「でも両手がふさがってちゃ傘はさせないよ?」
「う……で、ですが、ずっと暑い訳ではないですし、秋になるまでの我慢です!」
「無理することないのに……」
呆れたような声が終わったと同時に袋が擦れる音も止みました。旦那様が中身を取り出し終えたのかと思った私は、再び振り向こうとして
「ひゃん!」
背後から抱きつかれてしまいました。
「おー、流石はゆきおんなだね、外に出てたのにひんやりしてる」
「だ、旦那様、いきなり何を……?」
戸惑う私を余所に旦那様はもぞもぞと掌を動かします。掌は着物の帯の上にある慎ましい胸へと伸び、辺りを弄りだすのでした。
「あ、ちょっと谷間が蒸れてるね。となるとこっちもかな」
「や、その……」
すんすん、とわざとらしく匂いを嗅ぐ音が聞こえてきます。私は恥ずかしくて、まともな受け答えすらできませんでした。旦那様を振り払うこともできずにおろおろと視線を彷徨わせます。
あっ、あれは……。
「あ、あの! 旦那様!」
「うわぁ、びっくりした。どしたのさ、大声出して」
幸いにも、私はたまたま目についたものからこの状況から逃れる方法を思いつくのでした。
「き、きき、今日は美味しそうな桃を見つけたんですよ、ぜひ、ぜひ今から食べませんか!?」
「えー、今から? 冷やしてから食べ
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