雲一つない月夜だった。見上げた空には真円の月と満天の星が浮かんでいた。
広大な夜空を見上げていると、いかに自分がちっぽけな存在であることを思い知らされる。いくら手を伸ばそうとも、夜空に輝く月や星を掴むことなどできないのだ。
だからこそ、焦がれているのだろう。
手が届かないと知っているからこそ、焦がれてやまないのかもしれない。
『眠くない?』
「大丈夫、頑張る」
こちらを案じている穏やかな声を聞き、天を仰いだままそう答える。すると、ふわり、と肩に柔らかい感触がして、頬を軽く摘まれて無理矢理に横を向かされてしまった。
隣には、温かく柔らかそうな羽毛に覆われた女性が居た。人の身体に鳥の羽根と趾を持ち、こちらに首を傾けている。彼女の翼は人一人を包んでしまえるほどに大きく、二人の間にある僅かな距離さえ埋めてしまいそうなほどだった。
オウルメイジの彼女と出会ったきっかけは些細なことだ。夜空を眺めるために歩いていたところを音もなく下りてきた彼女に捕らえられてしまったのである。しかし彼女はこちらに危害を加えることはなく、不用心な行動を叱るだけに留めてくれたのだ。以来、こうして夜空を見上げようと出歩く度に、いつの間にか彼女が傍に居つくようになったのである。
『無理して起きなくてもいいのに、夜更かしは体によくないよ』
「もうちょっとだけだから」
『分かった……どうせ言っても聞かないんだし』
「よくご存じで」
それっきりで会話が途切れる。彼女は気まずさを誤魔化すかのように空を仰ぎ、自分もまたそれに倣った。
ヒトならざる者と並んで空を見上げる。
自分でも酔狂だとは思うのだが、こうして夜空に惹かれているのも事実である。そんな自分に付き合う彼女もまた酔狂なのだろう。……もっとも、直接彼女にそう告げたことはないが。
『ねえ、ちょっといい?』
聞こえてきた声に顔を向ける。
珍しい。幾度か会ってきたのだが、自分も彼女も口数が少ないこともあって話をすることはほとんどなかったのだ。そもそも初めて出会った時のお叱りでさえ、夜に出歩くのは危ないよ、程度のものだったのである。
「どうしたの?」
『どうしてそんなにこだわるのかなって、気になって』
「何が?」
『夜。ニンゲンはお日様の明かりがないと不便じゃない?』
その通りだ。人は暗闇を恐れ、それを退けるために火を使い始めたと聞く。それが道理とするならば、今自分がしている行為は矛盾でしかない。それとも、自分は暗闇を恐れていないのだろうか。
「そうでもないかな」
思わず呟いた言葉は、彼女の疑問と自分の問いかけ両方に対するものだった。
『どうして?』
「例え夜になったとしても、全部が全部まっくらって訳じゃないから」
そこで言葉を切り、空を見上げる。ほんの少し羽毛が擦れる音がして彼女もまた空を見上げていることを察してから、誰に言うでもなく続きを零した。
「こうして見上げれば月が見える。星が見える。昼間は太陽の輝きに隠されていた、もう一つの景色が見られる」
『わたしはいつも見ている景色だよ』
「人間にとっては珍しいってこと」
『ニンゲンは夜空を見ないの?』
「夜は寝る時間だからね……そっか、そうなのかもしれない」
『?』
視界の隅で首を傾げる彼女には分からないだろうが、自分の中にしこりとして残っていた疑問が氷解していくのを感じた。
「どうしてそんなにこだわるのか、だっけか」
『うん。確かに、そう聞いたけど』
「一人が寂しかったからかな」
『……? どういうこと?』
そもそも、何故『彼女』と共に夜空を見上げているのか。いくら彼女が危害を加えないからといって、こうして傍に居つかれて何の関心も抱かないはずがないのだ。だというのに、自分はその不条理を受け入れている。
それは簡単な理由だった。
「一人で空を見上げるのは寂しいから、こうして一緒に夜空を見る相手が欲しかったんだ」
『…………』
「だから、こうやって君に会いに来てるのかもしれない」
『……そう』
もぞ、と動く音がして、側面に温かいものが触れた。彼女が寄り添ってきたと理解した直後には、ふんわりとした翼で体を絡めとられていた。
『寒いから、もうちょっと近づこう?』
「くすぐったいよ」
『ここがいいの』
それっきり、彼女は何も言わなかった。ただ黙って、二人で空を見上げていた。
どうしてか、今日は夜空に映る月がより一層美しく、愛おしく見える気がした。
§
それから長い時間が過ぎて、お月様が隠れだしてお日様が覗き始めたころ。
わたしは閉じそうな瞼を我慢しながら、翼の中の「彼」を感じていた。
「もうすぐ朝だね」
『うん……あのね』
「なに?」
『ううん、なんでもない』
一人が寂
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