万魔殿(パンデモニウム)の告解室

『父と子と聖霊のみなによってあなたの罪を許します』
「ありがとうございます」

 罪の告白をした少年はゆるしの言葉を受け、神への感謝の言葉を述べた。
 
 ここは万魔殿(パンデモニウム)の告解室。
 ヴァルキリーである私は、ここで罪を犯した信徒の罪を救う仕事を任されていた。

 囚われの身となってしまったが、私には神のためになすべきことがある。
 ここで一人でも多くの者を正道に戻すことこそ、今の私にできる唯一の行いなのだろう。

『これで貴方の罪は許されました。しかし今の気持ちを忘れぬように、これからも祈りを続けるのですよ』
「はい」

 告解はこれで終わり。
 格子戸の向こうの少年は告解室から出ていくものだと思ったのだが、彼は椅子に座ったままだった。

「ヴァルキリーさん、僕の悩みを聞いてもらってもいいでしょうか」
『構いませんよ。私に話すことで解決するかは分かりませんが、話すことで楽になれることもありますから』

 罪を告白し、新たな思いで生活に戻るためには大切なことだ。
 そのためにここで心の曇りを払う必要があるのならば、私はその力になりたい。

「実は僕の……その、えっと……」

 少年は顔を伏せ、言いづらそうに言葉尻を濁している。
 こういう時は急かしてはならない。あくまで信徒が自らの力で告白する、ということが重要なのだ。誰かの力を借りて引き出すことでも解決にはなるのだが、目の前の少年は自分の力で前に進もうとしている。その努力を無に帰してはいけない。

「ぼ、僕のえ……いや、違うな……えっと……」

 余程告げにくい悩みなのだろうか。
 しばらくの間少年は迷っていたが、やがて決心したようで目をつぶりながらもはっきりと、

「ぼ、僕の武器に不安があるんです!」

 己の悩みを告げるのだった。

 武器。
 それは戦う者が持つ物だ。目の前の少年は幼くとも立派な男性だ。詳しい事情は聞いていないのだが、彼にも守るべきものがあるのだろうか。

――だとしたら、立派なことだ。

 魔物は快楽にふけるばかりで堕落の道を辿っている。それに与する人間も同じだと思っていたが、どうやらこの少年は違うようだった。

『顔を上げなさい』

 私の言葉を受け、少年はこちらをおずおずと見つめた。幼い顔は真っ赤に染まっている。

『恥じることはありません。誰かのために剣を取るということは誰にでもできることではありません。しかし貴方は幼いながらもその覚悟があった。それは誇るべきことなのです』
「あ、ありがとうございます!」

 彼にとっては思いもよらぬ言葉だったのだろう。少年は顔を輝かせて嬉しそうにしていた。

『しかし、その悩みを解決するには詳しいことを聞かねばなりませんね。まずは貴方の武器がどのようなものか教えてくれませんか』
「え? 武器って、その……例えばどういったことを話せばよいのでしょうか?」
『例えば長さや重さです。自らの体に合ったものでなければ使いこなすことはできないでしょう』
「な、長さって……」

 少年は再び顔を伏せ、ある一点を見つめた。

「だ、だいたい12~13センチくらい……です……」
『……はい?』
「ですから12~13センチです!」
『随分と短い武器ですね……ナイフでしょうか』

 少年は衝撃を受けたらしく、がっくりと肩を落とした。顔を手で覆い、ぶつぶつと何かを呟いている。
 これはいけない。つい武人としての言葉が先行してしまった。あくまで相手の主張を受け入れた上でどうすればよいか共に考えることが私の仕事なのだ。

『ごめんなさい。大切なのは長さではありませんでした。そう気を落とさないでください』
「……は、はい……」

 少年の声は今にも消え入りそうだ。余程ショックだったのか、手で覆われた顔からは表情は窺えない。

『同じ戦う者として失言をしてしまいました。どうか許してください』
「同じ……? もしかしてヴァルキリーさんも武器を持っているんですか?」
『ええ、持っていますよ』
「え゛!?」

 少年は叫ぶと顔を上げてこちらを見つめた。

――やはり、武器を持っていると警戒されるのだろうか。

『とはいえ、今は囚われの身。武器は取り上げられてしまいました』
「取り上げって……取り外しできちゃうんですか!?」
『はい。ですが戦う者としては、常に身につけていないと落ち着かないですね』
「そうなんですか……」

 少年の様子がおかしい。
 警戒を解くために話した言葉によって、さらに警戒が強まったようだ。
 こちらを見る目が異質なものを見るようなものへ変わったような気さえする。

「ち、ちなみにヴァルキリーさんの武器はどのくらいなのでしょうか?」
『そうですね……、確か刃渡が81.3センチでした』
「は……はちじゅ――!?」

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