お砂糖の味

『イカカデスカ、マスター』
「……これを飲めと?」

 机に置かれたそれ――透明なジョッキになみなみと注がれた黒い液体――を見て、机を挟んで向こう側にいるオートマトンに問いかける。湯気を立てているそれを観察したところ、幸いにもガラスがぶ厚かったのかひびは入っていないようだった。

「うーん……なんでよりによってビールジョッキを選んだの?」
『マスターカラハ【コーヒーヲイレルヨウニ】トノコトデシタノデ。カップノシュルイマデハシテイガアリマセンデシタカラ』

 臆面もなくそう言ってのけるそいつを前に、私は頭を抱えたくなった。

『ゴフマンノヨウデシタラ、イマカラデモベツノカップニトリカエテキマスガ』
「そうしてほしいな……コーヒーカップがあるからそれを使って、あとは砂糖も入れて来てね」
『カシコマリマシタ』
 
 若干ぎこちない動作で会釈をすると、そいつは手にしたトレイにカップを乗せて部屋を出ていった。扉が閉まってから、彼女に聞こえないように幾度目かのため息を吐く。



 事の始まりはこうだ。
 しがない物書きである私は、仕事に集中するために家政婦を雇うことにした。オートマトンの彼女を選んだ理由は、給金が安く済むことと、仕事以外での干渉をしないことという二つの条件を飲んでくれたからだ。とりあえず身の回りのことを済ませてくれればそれでいいと考えて、そうして実際に働いてもらっているのだが。

「思っていたのと色々と違う……」

 炊事洗濯掃除自体はこなせるのだが、なんというか気遣いができないのだ。例えば「コーヒーを淹れて」と頼めば今のようにコーヒーだけを淹れてくる――それだけならば難癖をつける理由はないのだが。

「だからってホットコーヒーをビールジョッキで持ってくるなよ……」
『オマタセシマシタ』

 そう愚痴っていると機械的な音声が聞こえてきた。ノックもせずに入ってくるのも日常茶飯事になってしまっているので、最早それを咎める気にもなれない。

『マスターノオッシャルトオリ、サトウヲイレタウエデコーヒーカップニイレテオモチシマシタ』
「うん、ありがとうね」

 とりあえず持ってきてくれたことにお礼を言いつつ、カップを手に取る。鼻を鳴らして匂いを嗅ぐと、苦みがある独特の香りが漂ってきた。
 湯気の立つそれを手にとり、改めてもう一度匂いを嗅ぐ。

「本当、言われたことはしっかりこなせるのにな……」

 彼女に初めて頼んだ仕事はコーヒーを淹れることだった。私がコーヒーにこだわりを持っているからではない。彼女の仕事ぶりを見るための、言わば試金石のようなものだった。
 事実、彼女は淹れ方こそ知っているものの、どうにも適当というか、機械的に仕事をこなしているだけのように見えた。実際に機械なのだから仕方ないとも言えるのだが、家政婦としてそれでは困る。仕方なしに一から淹れ方を教えたことで、こうして良い香りのコーヒーが運ばれてくるようになったのだ。

『マスター? ドウサレマシタカ、マスター?』

 今にして思えばその時点で雇うのを止めれば良かったのかもしれないが、最初からケチをつけるのも気が引けてしまったのだ。そのままずるずると時間が流れるままに今の今まで彼女を使い続けてしまった。
 これも自らの無精が招いた事案なのかもしれないが、その無精をどうにかしてもらうために家政婦を雇ったのである。世の中にはそうそう自分の都合通りにいくことなんてないものだと実感させられただけでも、彼女を雇ったことは無駄ではないと信じたい。

『マスター、オノミニナラナイノデスカ? コーヒーガサメテシマイマスヨ』
「分かったよ、それじゃあいただこうかな」

 考え事をしていたら時間が経っていたのか、彼女の催促を受けてカップを口に付ける。程よい温度になったそれを口に含んで――

「――ぶっ!!」

 中身を盛大に机と床にぶちまけた。私の衣服や机の上の紙に飛沫が跳ねて辺りに黒い染みを作る。目の前のそんな惨状にも関わらず、オートマトンは平然とした様子で立っていた。

「……こらあっ!」

 衝動のままに彼女の襟首を掴んで引き寄せる。乱暴な動きのせいで彼女の首がぐらと危なげに揺れ、白い首元から機械同士の冷たい接合面が覗く。傾いた顔から向けられた無機質な視線はこちらを見下しているように見えて、私の怒りを増幅させるのに一役買った。

「お前っこれ、さとっ……砂糖どれだけ入れたの!?」
『モウシワケアリマセン。ジツハサトウガフソクシテイマシタノデ、トカセルダケノサトウヲイレマシタ』
「それだけじゃここまで甘くならないしとろみまで付いてるよこれ、他に何入れたのかちゃんと答えなさい!」
『ダイヨウヒントシテハチミツヤシロップナドヲイレマシタ。ソレラハブンリョウヲシテイサレテイマセンデシタカラ
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