〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「――――それが、お父さんがカメラを始めたきっかけ?」
「そうだよ。その日の帰り、撮った写真をお母さんに褒められてね。それに気を良くして、今じゃカメラまで買ったんだ」
あの日以降撮り続けた数多くの写真に囲まれてる部屋の中で、娘を膝に抱きかかえながら俺は旅行に行った時の話を終えた。
娘への話には、最後に少しだけ脚色を加えている。
あの後アイツに写真を見せたら、案の定「お前へったくそだなー」と率直なコメントをいただいた。
馬鹿にするような、でも温かく見守ってくれるようなその言葉に奮起して、なんとしても褒められるような写真を撮ってやろうと俺は旅行帰りに誓う。
その結果が、これだ。
「それが今や、コンクール入選の立派な写真家ねぇ。なんか、意外だなー」
「いやいや、地域でやってる小さなコンクールだから……」
娘が撮った写真の一つを指差しながら無邪気に褒めてくる。
正直嬉しかったが、照れくさくもあったので謙遜してごまかした。
彼女が指差した写真は妻と娘を撮ったものだったから、特に。
「おーい、ご飯できたよー……って、何してたのふたりとも?」
「ママー!!あのね、お父さんの話聞いてたのー!!」
エプロンとおたまを持った格好の妻が、俺の部屋をひょっこりと覗いてきた。
ママの事が好きな娘はその顔を見るなりはしゃいで、とてとてと走ってお腹めがけてダイブする。
最愛の娘を受け止めた妻の表情は、どこまでも優しい。
娘を産んでからというものの、妻は口調が柔らかくなっている。娘の前で男らしいところを見せたくはない、という事だった。
「お父さんの話?お父さん、昔は斜に構えてて友達少なかったから、そんなに面白くなかったでしょ?」
「おい、笑顔に毒を含ませすぎだぞ元八方美人」
ただし、口調はともかく根本の性格はそんなに変わっていなかった。
優しい口調のまま俺をからかい、からからとした笑顔で笑う。
気安く接する事ができる関係は、結婚してからもずっと続いていた。
「はっぽう、びじん……?どういう意味ー?」
「その話は後でしてあげるから、あなたは先にご飯食べる準備してなさい」
「うん!!手、あらってくるね!!」
妻の言いつけを素直に聞いて、娘は先に部屋を出ていった。
本当に、素直ないい子に育ってくれたと思う。俺にも妻にも、あまり似ていないのだから。
「なーんか、失礼な事考えてる?」
俺の考えを読み当てながら、妻はじーっと俺の顔を覗き込んできた。
相変わらず、こういう時には鋭いのが妻だ。
「おい、ご飯なんだろ?早く行こう」
「まー、そうなんだけどさー……ちょっとな、言っておきたい事があって」
そういう妻の声音は、女になったばかりのあの頃のように低い。
ちょうど旅行の話をしていたのも相まって、まるであの時に戻ったかのような不思議な気持ちだった。
「お前の見たもん、なんかいいな」
少しだけ、顔を赤くして言うその言葉。
なぜだかそれは、あの日言えなかった言葉だったんだろうなと思った。
ようやく言えたとばかりに、コイツはスッキリとした顔をしていたから。
「……ったく。もっと早く言えっての」
「ぶー。今言ったんだからいいじゃねぇかよー」
だけど、それに俺が返したのは軽い言葉だった。
照れてしまったというのもある。けれど何より俺とコイツの関係はきっとそうするのが自然で、これからもそうするのだろう。
これからも続く穏やかな日々を思い浮かべて、軽くほほえみながら。
俺は、あの日の思い出が詰まった部屋を、後にするのだった。
[5]
戻る
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録