「でさ、あいつが……『好きだ』って言ってくれてさあ……」
「……これはこれで、悪い酒ね」
「たまにはいいじゃんか。折角ロングラン決定したんだし」
ノロケにあわせるようにして、グラスの中でちりん、と氷が涼やかな音を立てる。
久々に寄った行きつけの店で、俺は大いに酔っ払っていた。
以前はいくら飲もうとも表情が変わらなかった俺は、見事なにやけ面をさらしていた。
「……全く。周りの子には迷惑かけないで頂戴ね」
「はいはい」
ひらひらと手をふりながら、周囲を見る。
昔は気がつかなかったけれど、ここには多くの魔物が居る。
袖から鱗を見せながら、くいっとカクテルを煽る子や、豪快に強い酒を飲み干す角の生えた美女。
マスター曰く、こうした魔物たちは元から一杯居るらしい。
姿が完全に変わった俺に、マスターはそんな魔物たちの話を教えてくれた。
ちなみに、姿が完全に変わっているからばれない筈、と「はじめまして」と言ったところ「あら、久しぶり」と返された。
曰く「話し方で分かる」のだそうだ。
「あ、あいつは……」
「ああ、あの子、知ってるの?」
「知ってると言うか、なんというか……」
ふと、店の端でぶつぶつと呟きながらうな垂れている白い髪の魔物に気付いて、俺はなんともいえない表情を浮かべる。
見たことのある、顔だった。
いや、それどころではなく、俺の人生を大きく変えた女性だった。
以前は変な女のせいでいろんなことを滅茶苦茶にされた−−そう、恨んだりもした。
「……恩人というか、おせっかいやかれたというか」
「ああ、成程ね」
「何か一杯奢っていいか?」
「−−お好きにどうぞ」
けれど、今は。
役者として、夢を叶えることができた。
そして−−自分の心に気がつくことも、できた。
「じゃ、ラモスジンフィズ一杯」
「はいはい」
鮮やかな手つきでカクテルを作るマスターを見つつ、懐から携帯電話を取り出す。
時刻は23時。そろそろあいつが帰って来る時間だ。
「ついでに、勘定も頼む」
「あら、早いのね」
「あいつが、帰って来るからな」
携帯電話を握り締めて、はにかむように笑う。
この中には、大切なデータが眠っている。
「−−さよなら。なんていわない。ずっと一緒に居よう」
メールフォルダの文面には、そんな言葉が刻まれていた。
−−−−−
「お帰り」
「……ああ、ただいま」
0時過ぎ、狭いアパートの一室。
売れっ子俳優に似合わない、ごちゃごちゃした古い部屋が、今の俺たちの根城だった。
事前に蜂蜜で下ごしらえしておいた豚の生姜焼きを作りながら、手を上げて答える。
「中々スポンサーの人が離してくれなくってね」
「それだけ売れっ子ってことだろ?」
「はは、確かに」
「……むう、すぐに追いつくから待ってやがれ−−とりあえずすぐ出来るから、手洗って茶碗に飯ついで来い」
じゅう、と甘辛味に仕上げた生姜焼きを大皿に盛りつつ、ちゃぶ台へ向かう。
何度となく繰り返してきた、いつもの夕食だ。
「−−うん、美味しい」
「はは、ちょっとした工夫をしてるからな。−−知りたいか?」
「うーん、気になるけど、もう、いいかな」
「……?」
「ほら、キミが頼めば作ってくれるんだし」
「……っ、ずるいぞそれ」
ちゃぶ台を囲みながら、しょうもない話をして。
あいつの笑顔が、見られて。
たまに、ズルイ事言われて、恥ずかしくなって。
−−そんな、日常。
「あ、夕食終わって風呂はいったら、今日こそヤルからな」
「……え、もう夜も遅いし……休んだらだめかな」
「だーめ。俺にとってはこっちが本来の飯なんだから」
もう辛抱できないとばかりに翼を広げて妖艶に笑んでみせる俺に、苦笑するあいつ。
恥ずかしいことに、俺のそこはもう準備万端とばかりに濡れていた。全く、とんでもない淫乱である。
これが、俺のもう一つの日常。
「ほら、風呂行こうぜ」
「……仕方ないな」
皿洗いも程ほどに、二人でお風呂に向かう。
きっと、いや、間違いなく我慢できずに途中であいつを襲うに違いない。
あいつのあれを見ただけで、へなへなと力が抜けて、一人称が「私」になってしまう俺の姿が、脳裏に浮かぶ。
その様子を想像しただけで、顔が真っ赤になるほど恥ずかしくて−−それと同時に、とても魅力的に見えたのだった。
「−−なあ」
「……どうした?」
風呂の湯に漬かりながら、あいつに声をかける。
窓の外を見ると、あの時と同じ月明かりが見えた。
「俺、こんなに幸せで−−いいのかな。そもそも夢かも知れないって最近思うくらいだし」
「……はは」
ぼんやりと風呂場のへりに捕まる俺の背中に、あいつが触れる。
ごつごつとした、男の、
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