「−−あ、あ……」
くしゃり、とその顔が歪む。
蠱惑的な表情は、一瞬で変わる。そして。
「あああああああああああっ!!!?」
響き渡る、悲鳴のような声。
オレの上で、彼女――だった『誰か』が、叫ぶ。
なんだ。何が、起きている。
彼女の嬌声をオカズにして、自分もヌイた。
そうしたら彼女に気づかれて、まるで熟練の娼婦な手腕で絞られて――
――彼女の姿が、目の前で変わった。
頭部から伸びる、ねじれた角のような。
蝙蝠を思わせる、背中の翼のような。
先端がハート型の、尻から伸びる尾のような……そんな物が生えてきて。
……『悪魔』。
そう形容するのが自然な、そんな姿に彼女は変わったのだ。
今日は信じられない出来事ばかりで、これ以上驚く事はないと思っていたのに。
目の前で見ても信じられないような出来事が、最後に起きて。
しかし、またしても何もできなかったオレは今……1人、部屋に残されている。
彼女は、突然に飛び去ったのだ。
二度にわたる射精の反動で疲れて動けず、戸惑う事しかできなかったオレを置き去りにして。空いていた窓から、その翼をはためかせて。
何故なのかは、さっぱりわからない。
いや。わかる事など、何もない。
彼女が何を思っていたのか。
オレの名前を呼びながら、自分を慰めた時。
オレの射精(だ)したものを、愛おしそうに口にした時。
そして、オレの驚く顔を見た時の、彼女の――――
わからない。今の自分の気持ちさえ。
何がしたいのだろう。彼女にどうして欲しいのだろう。
わからないのに……何故、オレは走り出しているのだろう。
「ハッ、ハッ、ハッ……ハァッ……!!」
部屋を飛び出して、深夜の街を駆け出す。
服なんて、走りやすいように直した程度で寝間着のままだ。
傍から見たら、なんとみっともない姿をしていることだろう。
どこに行くかなんて、アテもないというのに。
それでも、足は止まらない。もう、止まれない。
理由を求めようとすれば、いくらでもあるだろう。
彼女と一緒に成功する事を目標にしていたから。
もう、何も動けないままでいるのは嫌だったから。
『アイツ』以外で初めてまともに関わろうとした、人間だったから。
けれど、今のオレを動かしているのは、そんな高尚なもんじゃない。
脳裏に蘇る、彼女が飛び去る前の瞬間。
オレの驚く顔を見た時の、彼女の――怯えて、泣きそうな表情。
人外の悪魔が見せるには、あまりに弱々しいそれ。
「そんな顔で、いなくなるなんて……」
まるで……彼女自身も、悪魔になりたくなかったようで。
「ほっとける訳……あるか……!!」
叫ぶ。
ようやくわかった、オレ自身の想いを。
これ以上なくシンプルな、自分自身の感情に対する答えを。
「ハァッ、ハァッ……くそっ!!」
けれど、オレの足はそこで止まった。
演劇をやる以上、体力を全くつけていないつもりはなかった。
が、それでもアテのないまま走り続けるのは無理だ。
せめてこれからどこに行くか、ある程度見当をつけないと……
けれど、どこに行けばいい。彼女の事なんて、オレは何も知らない。
よく行く場所だとか住んでる家なんて、何も……
……家?
「待て……落ち着くんだ、オレ……」
疲れで、頭がパニックになっているのだろう。
それとも、彼女を度々『アイツ』と重ねてしまっているから、そんな事を思うのか。
だとしても……それは、ありえないにも程があるだろう。
けれど。他に手がかりがあるわけでも、ない。
「……行くしか、ないか」
もう一度、オレは走り出した。
今度は、ある一点を目指して、真っ直ぐに。
オレとアイツが一緒にいた場所……二人暮らしをしていた、アパートに。
−−−−−
正直、期待をしていたわけではなかった。
他に何も思いつかなかったから、そこに向かっただけ。
慣れたものだから、そこまでの道は迷わずに辿り着けるというのもある。
だから、そこにいなかったら、大人しく帰ろうと思ってた。
実際、遠目にアパートを見かけてもどの部屋にも電気は着いていなかった。
やっぱりか、という思いを抱いて。それでも、近づくだけ近づいて。
アイツがいなくなって、空き部屋になっている筈のその部屋を、見やる。
――窓が、空いていた。
「――――っ」
ギシギシときしむ階段を登って。
少し古いドアのノブに、手をつける。
ぎぃぃぃ……
ドアは、何の抵抗もせずに開いた。
窓から入ったのなら、開けておく必要はないはずのものなのに。
空き部屋だから、鍵を閉めていなかったのか――もしくは。
「――――ぇっ……!!」
――――『キミ』が、開けていたのか。
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