Now here 1 side A

「ーーぁ」

 その香りに気がついた瞬間、俺の中で何かがかちりとかみ合う音がした。
 青臭くて、独特で−−美味しそうな。匂い。
 発生源に向けて、ゆっくりと、顔を動かす。

 揺れる目線の先にあるのはあいつのすがた。
 右手で自分を慰めていたのだろう。
 やや快楽で放心した目で、ソファの上に、横になっていた。
 そして、その手を、身体を白い、どろりとした液体−−精液で汚していた。

 「……あ、はぁ……♪」

 蕩けた声が、口の端から落ちる。
 だらしなく開いた口からたらりと垂れた唾液が、月明かりに光って淫靡に光る。
 体が、熱い。
 熱くて、しょうがない。
 『それ』が、欲しくて、欲しくて、体が疼く。

 誘蛾灯にひかれる蛾のように、ゆらりと俺はあいつの方へと歩いていく。

「お、おい……キミ……」
「はは……おまえも、溜まってたんだなぁ」

 うろたえるあいつの暖かな素肌に、白い指を這わせる。
 そのまま、精液の滑りに任せて、つつ、と指を走らせるとあいつの体がびくりと跳ねた。

「こんなに、汚しちまって−−」
「っ……」

 ぺろり、と指についた精液を舐め取りながら娼婦のように笑う。

 舌の上に広がる、べっとりとした雄の匂い。苦くて、口に引っかかるそれが−−

 俺は、男だったはずなのに。
 こんなの、嫌なはずなのに。


 美味しい。
 欲しい、欲しい、欲しい欲しいほしいほしいほしいほしいほしい−−!!!!


 指先から掬い取ったものだけじゃ足りない。
 直接それを身体に入れたくて、はいつくばった犬のように舌であいつの身体を舐め上げる。
 あいつの皮膚がピカピカになるまで、何度も、何度も舌を這わせて。
 口の中も、あいつの香りで一杯になって。

 −−それでも、足りない。
 
 俺の潤んだ視界の先、皮膚を舐め上げられた刺激で再び大きくなった「それ」が、ぴくりと跳ねた。

 


−−−−−−



「ーーあ、はぁ……♪」
「っ、おい、まさか−−!?」

 ゆっくりと舌先をそちらに向ける。 
 顔を近づけるとむっとした香りが、鼻腔を満たす。
 さっきの精とは比べ物にならない、あいつの、匂い。
 そして、圧倒的な存在感が、俺の心を満たしていく。

 あいつのそれは、何度も見たことがある。
 ずっと一緒に暮らしていたのだ。男だった頃は風呂だってなんども一緒に入った。
 一人でいたしているときに、間違えて乱入した事だってある。
 そんな、見慣れているもののはずなのに。
 
 今、俺の目の前にあるそれは−−俺の心にずっしりと重いイメージを残していた。
 頭の中が、それのことだけで一杯になる。


 舐めたい。
 −−俺は、男だ。

 頬張りたい。
 −−そんなの、思ってなんか。

 精を、味わいたい。
 −−ありえ、ない。


 心の中で、何かが抗っている。
 大切な、何かを護ろうとしている。

 けど。


 −−こんなの、勝てるわけない。


「いただき、まぁす……っ」
「う、うわああああっ!?っ!?」

 じゅる、と水音が狭い部屋の中でやけに大きく響く。
 直後響くのは、あいつの、絶叫。
 それが耳に入らないとばかりに、俺は一物に喰らいつく。
 鈴口を味わうようになぞり、スリットにそって唇を這わす。
 ずるり、と根元まで飲み込むとちりちりと陰毛が鼻にかかる。

 不快なはずなのに。
 男が、やるようなことじゃないのに。
 気持ちいい。
 気持ちよくて、仕方がない。
 口の中が、性器になったみたいで、それだけで濡れてしまう。

 ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ……。
 規則的に顔を動かせば、さらに淫靡な音が響き渡る。
 そのたびに、びくり、とあいつの体が跳ねる。

「っ、も、もう……っ、これっ……だめ……っ」
「−−っ」

 そして、限界は思ったよりも早く訪れた。
 口いっぱいに、はじけるあいつの精。
 熱くほとばしる液体がのどの奥に叩きつけられる感触。
 
 甘い
 −−苦いはずなのに

 いい匂い
 −−臭いはずなのに。

 美味しい
 −−そんなの、ありえないはずなのに。

 思考が何度もスパークする。
 大事な何かが、完全に砕け散る。

「あ、は……」

 ぐちゃりという音とともに、息も絶え絶えのあいつから口をはなす。
 唾液と、精液で口の端から銀色の橋がかかっていた。

「−−お、おい。キミ……それ、は……?」

 体の下で、あいつがうめく声が聞こえる。
 あいつは、俺の後ろを震える指で差していた。
 振り返る俺、後ろには誰も居ない。
 ただ、何か黒いものが視界をよぎる。

 −−皮膜のある、悪魔のような羽。

「……え」

 ごしごしと、目を擦る。

 −−尻尾が、ユラユラと揺れる。

「……っ」

 そんな、
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