第十一話 迷える長と剣士の怒り


〜〜〜〜〜〜

『彼女』は、私にとっての恩人だった。
あの狭い世界から私を引っ張り出して、私を魔女にしてくれた。
魔術のやり方も、サバトでの暮らし方も、何もかもを教えてくれた。
何もかもが彼女のおかげで、彼女に対しては感謝しかなくて……だから私も、彼女の事を信頼していた。

信頼して、『いた』のだ。

「……!?ゲホッ、ゲホゲホッ!!はぁっ、はぁっ……」

―――――――なのに。

「エリーに何したの!?……っ!?」
(私に何したのよ!?……っ!?)

それは本当に、突然だった。
突然で、訳がわからなかった。

「おぉ、無事に成功したみたいじゃのぉ」
「成功って……何の事なの!?エリーよくわかんないよ!!」
(成功って……何の事よ!?ちゃんと私に説明しなさいよ!!)
「やれやれ……いちいち説明しなくともわかるじゃろう?儂はただ、お主をみんなのような喋り方をできるようにしてやっただけじゃ」
「っ……!!」

彼女は、嫌がる私を見てもその表情を崩さない。
見た目相応の子供が浮かべる、無邪気に悪戯をしようと考えてる顔……けれど、どうして。

こんなの……悪ふざけの域、超えてる……!!

「こんなの嫌だよ!!早く元に戻してよ!!」
(こんなの嫌よ!!早く元に戻しなさい!!)
「そんなに戻りたいかのう?そっちの方が、他の魔女とも馴染めると思ったんじゃがのぅ……じゃが、安心せい。ある条件を満たせばその魔術は簡単に解けるようになっておるのじゃ」
「あ、ある条件……?」

そう言われた時の私は、まだ彼女を信じようと思った。
その条件は本当に簡単で、悪ふざけでやっていただけなのだと希望を持ったのだ。
だから、もう一度信じようと思った。

思った、のに。

「おぉそうじゃ。お主がその言葉遣いで喋りたいと心の底から思えばいいだけじゃ。なぁに、こんなの簡単じゃろう?」
「そ、そんな……」

つまり、口調を元に戻す為には……心から口調を元に戻したくないと、願わなければならないという事。

――――その条件は、酷く矛盾したもので。

「それではの、エリー。魔女としての生活、これからも楽しむんじゃぞ」

呆然とする私を尻目に、楽しそうに笑って去っていく彼女の後ろ姿。

追えなかった。
彼女が何を考えているのか、わからなくて。

何より……自分が彼女をどう思えばいいのか、わからなくなって――――

〜〜〜〜〜〜


小さな赤いバフォメット、ユーミア=ソーヴェング。
俺が訪れる事になったサバトの長にして、エリーの事を誰よりもよく知る人物。

どうも小心者のようで、会ってからというものの声も体もブルブル震えてる。けれど……それでも彼女は、俺へと向けて語り出す。

「ま、まず……エリーの体に、刻まれた陣、から話すのじゃ。お、お主、も……それが一番、聞きたい事、じゃろ?」
「あぁ……頼む」

震えるユーミアの声に、俺はそっと頷く。
結局、エリーの中で一番疑問なのがそこなのだ。何の前触れもなく寝てしまい、それから数日は目を覚まさない……こんなの、魔物娘だろうが普通は起こる事じゃねぇ。

「さ、先に言っておくと、の……の、喉元の物と、お腹の物は、別物じゃ。それぞれ、違う効果が、あっての……喉元のはく、口調を矯正する物、らしいのじゃ……」
「口調の矯正?」

魔術って、そんな事もできんのか……

「……どんな風に変えてるんだ?」
「それはお、お主も、ずっと耳にしている、筈じゃ。よ、『幼女の喋り方』……ほとんどの魔女と一緒のしゃ、喋り方に、する……そうじゃ……」

あいつの口調、無理矢理に矯正されてたのか。
確かに、80年生きてる割に喋り方が子供っぽすぎるとは思っていた。俺はてっきり、魔女だからそういう喋り方をするもんだと思ってたが……そういう事情があったんだな。

……ん、待てよ。

「なぁ。その術式、直すのは口調だけか?例えば、男はお兄ちゃんとしか呼べねぇとか……」
「む……た、確かにそ、そうだと聞いて、おるが……」

……なるほどな。ヒューイの護衛任務を始めた時、エリーは俺の事もあいつの事も『お兄ちゃん』って呼んでいた。
やけにパニックになっていたから、妙だとは思ったが……そういう事だったとすれば納得がいく。

誰が仕掛けた、とか。何のために仕掛けた、とか。気にならない訳じゃねぇが……

「まぁ、それはもういい。つーこたぁ、重要なのは腹の方の陣って事なんだろ」
「お、おぉ……その通り、じゃ」

どことなく、声音に緊張を混じらせて……ユーミアは、先を告げる。

「あ、あれは……儂の母上のけ、研究成果じゃ。魔力を……精以外から生み出す、研究の……」
「なるほどな、魔力を精以外から生み出す―――――





――――――は?」

ちょっと、待て。
今、こいつ……とんでも
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