第十話  震える山羊の、見つめる先に


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「ほほう……こんな所に、人がいるとはの……」

開け放たれた夜の窓から、声が響いてきた。
遊び盛りの無邪気さを孕んだ、明らかにこの場には不釣り合いな幼い声音。だというのに、そこからは不思議と老成された重みを感じてしまっていて。

それこそ----70を越えた年齢の私とさえ、比べものにならないと感じる程に。

「ふむ……お主、面白い魔力をしておるのぉ。巨大ではないが、淀みない流れ……魔女になるのに、中々ふさわしそうな才覚を持っておる」

くっく、と楽しそうに声の主は笑う。窓の縁に足をかけた、小さな影を私は見やる。

そこにいたのは、声音から想像される通りの見た目をした小さな女の子だった。
ただし、その子は身体のところどころに動物のようなパーツを持っていて……明らかに、人間ではなかったのだが。
彼女は、『魔物』と呼ばれる存在なのだろう。私達人間を取って食らう為に生まれた、人類の敵。その割に、見た目が可愛らしい事は驚きだったけれども。
それでも、そのにやついた表情を見ればただの子供ではない事だけはわかる。幼い顔に浮かぶそれは、まるで動物が獲物を追い詰めた時のような獰猛なもの……

……だからと言って、どうということもないのだけれど。

「……お主、何故全く反応せぬ。こういう時は『あなた、誰……!?』だの『ここは四階よ、どうやって入ってきたの!?』と言った反応が普通じゃろう」
「……えぇ、その通りね」

つまらなさそうに唇を尖らせて、彼女は言う。いつの間にか、先ほどまで纏っていた人ならざる雰囲気は消えていて。そこにいたのは、自分の思い通りにいかないことを拗ねる小さな子どもだった。
確かに、それが自然な事なのだろうとはわかる。けれど、人外の存在に非常識を説かれる日が来るなんてね……

人生の最後に面白いものが見れたな、と思う。

「ふむ……何か、勘違いしているようじゃな。儂は別に、老いたお主を殺しに来た死神などではない。勿論、この家に住まう他の人間もじゃ」
「あら、そうなの。では、何をしにこんな老人に会いにきたの?命以外に差し出せるもの、私にはないけど……」

改めて部屋を見回してみても、金品になりそうなものは一つもない。人間の食料だってないし、私を食べたりするつもりもこの口ぶりではなさそうだ。

そうなると、何をしに来たのかがさっぱりわからないのだ。

「あぁ、それなんじゃがの……」

よく聞いてくれた、とばかりに少女は顔をにやけさせて答える。それは、小さな子どもが浮かべるもののようにも、魔の者が浮かべる邪悪なものにも見えて――――



「お主……ちょっとばかし、人間を辞めぬか?」




――――それは、『私』が『エリーネラ=レンカート』の名前を与えられた日の記憶。



〜〜〜〜〜〜

エリーのサバトというのは、この街からならすぐにでも着く事ができるらしい。
そう聞かされた俺は、行く事が決まるや否やすぐにその場所へとエリーに案内される事になった。

サバトというのは、どういう場所なのだろう。
魔女が集まる場所なのだから、やはり子供向けの遊具などが散らばる建物なのだろうか。いや、まがりなりにも魔物娘が集う場所なのだから、やはり『そういう』雰囲気が漂っている空間というのも捨てがたい。

そんな想像を膨らませつつも、エリーの案内は無事終わった……の、だが。

「おい、どういう事だこれ……」

その場所というのは……俺がこの街において、拠点にしていた宿屋だったのだ。
それも、その建物が巨大だったりとか、魔物娘が好みそうな派手なデザインだったりとかならまだわかる。
しかし、そこはせいぜい二階建てで、部屋数も一階につき五フロアもないような……言ってしまえば、小さな安宿。
見た目も周囲に馴染んだ質素なデザインだし、とてもじゃないがサバトに使うような場所とは思えなかった。

思わず口をついて出た、俺の疑問。それに、エリーは表情を変えずに答える。

「すぐに分かるよ。えっと……あ、いたいた」

それだけ言って、エリーは宿屋の受付へと歩いて向かっていった。そこにいた従業員の男へと、慣れた口調で(まぁあいつはいつもあんな口調だが)話しかける。

「ねーねー!!」

歳はさほど俺と変わらなさそうな見た目の、優しそうな青年。彼はエリーの姿を見て、笑顔で応対する。

「はいはい、どうされましたか?」
「あのね、『みんなって今どこで遊んでるのかな?』」

それは一見心配するような言葉。だけれども、その割にエリーの喋り方にはあまり感情がこもっていなかった。

「あぁ……『みんなでしたら、201号室で楽しく遊んでますよ』」
「じゃあ、『お菓子も持っていっていい?』」

しかし、それを受付の男は気にする素振りもなく笑顔のままだ。会話は、淡々と進む
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