「―――――じゃねぇ!!まだ………何も…………ねぇだろうが!!」
家の外から聞こえてくる叫び声で、ソファーの上で寝ていたディアルは目を覚ました。
ちょっとした休憩のつもりで横になっていたのだが、気がつけばうたた寝をしていたらしい。
「あ、ディアルさん起きた?おはよー」
上半身を起こしたディアルに、声がかかる。
声の主は、同じ家に住んでいる少女、イリンのものだった。
「なんだ、この叫び声は……五月蠅くてかなわん。外で何かあったのか?」
「あぁ、今の声?急に叫びだしたみたいで、あたしにもよくわかんない。ちょっと確認してみるね」
ディアルが目を擦りながら尋ねると、小さならせんを描いた短い尻尾を揺らして、オークの少女、イリンは玄関の横に備え付けてある窓枠へと寄った。
窓ガラスに顔をつけて、外の様子を窺う。
「………やるよ!!……………は、ノ……………に…………だった!!」
「えっとね……痴話喧嘩してるみたい」
「痴話喧嘩?」
見えた景色のみから判断した情報を、イリンはディアルへと伝える。
「うん。なんか、人間の男の人が、ワーウルフの子の手を掴んで何か言ってる。男の人がワーウルフの子を怒らせちゃったのかな?けど、隣にサイクロプスもいるんだよね……あ、サイクロプスの子、なんかワーウルフの子の前に出たよ」
「ほー…」
イリンが教えてくれる見えたままの状況を聞きながら、溜息をついてディアルは顎に生えた無精髭を軽くさする。
魔物特有の深い愛情から来る、一人の男を取り合った争いだろうか。痴話喧嘩をするのは大いに結構だが、そろそろ中年と呼ばれる年齢に差し掛かろうとしている自分の頭に叫び声は嫌でもよく響いてしまう。周りの住人のことを考えずに叫ぶのは止めて欲しいというのが本音であった。
「あれ、ワーウルフの子の方が頭下げちゃったよ。んー、でも喧嘩も終わったみたい。男の人とサイクロプス、どっか行っちゃった」
ディアルにとってはさっきまでの話で充分だったのだが、律儀にもイリンはまだ窓の外を見続けていた。
「……おい。もう、見なくてもいいぞ」
「へ?あ、あぁ、そう?そっか、ごめんごめん。ところでディアルさん、今から何するの?」
「そろそろ外が赤くなってきたからな。夕食でも作る」
ソファーからディアルは立ち上がると、キッチンへと向かう。
ゆきおんなやグラキエスの協力を得て作られた、という触れ込みで売られていた冷蔵庫を開けるが、中にはわずかに野菜が置かれている程度だった。
この量では、一食分すら心もとないだろう。
「そうだ、そう言えば食べ物切れてたんだった!!ディアルさーん、あたし買い物行ってくるよ!!何買ってくればいい?」
ディアルがそれに気づくのと同時に、キッチンの外からイリンの声が聞こえてきた。
「そうだな……これだと、買ってくるものもかなり多くなるが……まぁ、頃合いか……」
ごく少量の野菜を見下ろしながら、ディアルは頭の中で、何を買うべきかについて考えだす。
その時、唐突に玄関に取り付けた鈴の鳴る音が玄関から聞こえてきた。
「ごめんくださーい」
その音に続いて、声が聞こえてくる。
どことなく幼さがあるその声音は、少女のものであるように聞こえた。
「……客か?」
「みたいだね……待ってて、あたし出てくるよ」
ディアルが何かを言う前に、イリンはパタパタと駆けだしていく。
「初めて……だよね。お客なんて」
ドアを開ける直前、イリンの心臓は落ち着きなく跳ねていた。
たった二人で暮らすこの家を訪れる人など、会ったことがない。心当たりがあるとすれば、街で良くしてもらっている人ぐらいなのだが、彼等にわざわざ家にまで来る用事は無いはずだ。
何にせよ開けてみないことには何もわからない、と自分に言い聞かせ、玄関の扉を引く。
その先に立っていたのは、イリンとそう変わらない年齢に見える容姿の少女だった。
面識は一切なかったのだが、その少女の姿には今、イリンは一番見覚えがある。
「あれ?あんた、さっきの……」
そこには、さっきイリンが窓越しに見た、男と痴話喧嘩を繰り広げていたワーウルフが立っていた。
「突然すいません。ディアル=ウィトスさんのお宅はこちらでしょうか?」
「え?あぁ、ディアルさんなら確かにこの家だけど……」
「お届け物を持って参りました。本人に直接、とのことでしたので、呼んでいただきいたいのですが……」
「……もう来ているぞ」
「うぇ!?でぃ、ディアルさんいたの!?」
背後からの声に驚いて、身体を大きく弾ませたイリンに、「……そりゃあ、そろそろ自分に郵便が届くことは知ってたからな」とディアルは呟く。
「では、ディアルさん。こちらの書類の内容に目を通した上で、サインをお願いできますか?」
少女が背中
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