彼の身体は、一目見せれば誰もが『たくましい』と感じるものだった。
その腕は力こぶを見せようとしなくてもその力強さがはっきりとわかるぐらいついた筋肉が隆起しており、腹まわりや足には余分な脂肪は一切ついていない。
むしろ腹に関して言えば、腹筋は割れていてまさに筋骨隆々という言葉が似つかわしい。
その上それらは彼の生来の体質ではなく、その全てがたゆまぬ修練のおかげであるのだから、日頃彼がどのような生活を送っているのかは殆どの人間には想像することすらできないのであろう。
それほどの身体である彼ではあるが、顔だけを見るとそのような印象を持てないのだから不思議なものである。
クリーム色をしたストレートの前髪に少し隠れてしまっている青い瞳は長いまつげのおかげで優しい印象を相手に与え、白い肌の色と相まって彼を中性的な見た目に仕立て上げている。
ある種ミスマッチとも言える顔と身体の組み合わせではあるが、それほど鍛えているにも関わらず優しさを損なわない彼の目つきは、人を惹きつける魅力のようなものを備えていた。
そんな彼の身体は現在、植物が生い茂り闇に包まれた森の中、一糸纏わぬ姿で晒されていた。
「くっ……」
彼は先程より、その場から動こうと頭の上に回されている手首に力を込めてはいるのだが、その手がぴくりとも動くことはない。
いや、動かないのではなく、動かせないのだ。
彼の全身を縛り付ける、そこら中の地面から生えた細長いロープのようでいて独特のぬめりけと柔軟性を持つ生物……触手によって。
彼にとって未知の生物であるその触手の前では、全ての抵抗が徒労に終わった。
「不覚……!!」
触手の纏っている粘液には何らかの成分が含まれているのか、彼の着ていた衣服は全て溶かされてしまっていた。
それこそが、成人した男が一人、森の中で裸体となったままでいることになった原因であり、彼の陥った窮地でもあった。
ぎりり、と歯を食いしばる彼の目の前で、地面から新たな触手が一本生えてくる。
「殺すなら……さっさと殺せ……!!」
憎々しげに睨みながら吐かれた彼のその言葉を受けたのかどうかは不明だが、触手はぐねぐねとした動きで彼ににじり寄って、足元から下半身へと這い上がってくる。
既に全身を撫で回されているせいで、その独特な軟体動物のような感触を、今更特別に不快とも思わない自分に嫌気がさしながら、彼はここで自分の命が果てる覚悟を決めていた。
なぜ、彼……エルダ=リカルドがこのような仕打ちを受けているのか。
それは、彼が初めてこの森を訪れた数時間前まで遡る。
その時、夜の帳に包まれた森の中を目的地目指してどんどん進んでいく彼の背後には、現状と違い大勢の人間が並んでいた。
彼等はみな一様に純白の鎧と兜に身を包み、腰には剣を携えていた。
無論、先を行くエルダの格好も例外ではない。
ただし、彼の鎧は後ろを歩く大勢の人間のものとは違い、両肩に盾をモチーフとした独特の紋様が彫り込まれているのだが。
「隊長ー……もっとゆっくり歩いてくださいよー……」
後方にいた集団の内で、最も先頭にいた者が疲弊を滲ませた情けない声を出した。
隊長と呼ばれたエルダはその言葉で立ち止まり、後方の集団を振り返る。
「なんですか、だらしない。私は貴方達をこの程度で弱音を吐くような、軟弱な育て方をした覚えはありませんよ」
「この程度、じゃ全然無いですって……馬も使わずにもう何日歩いてると思ってるんですか……うぅ、これかぶり続けるのすらきつい……」
兜の中で涼しい顔をしてエルダは答えるが、先頭の男はそれに対して溜息をついて兜を外す。
中から現れたのは、まだ比較的若い部類に入る男性の顔だった。
快活そうな一方で、集団を引っ張っていけるタイプには見えない、彼からはそんな印象を受ける。
「三日か四日、ぐらいですね。ネイワ、この程度で疲れているのは貴方ぐらいのものではないですか?」
「絶対そんなことないですって……なぁ、みんな?」
周りに同意を求めようとして、ネイワと呼ばれた男は後ろを向いて全員に尋ねる。
だが、彼等は目を逸らしたり、うつむいたりするだけで、その中にネイワに同意しようとするものは誰もいなかった。
「あ、あれ!?なんで!?」
「ほらみなさい。そんな風に弱音を吐くのは、貴方だけですよ。これは、この任務から帰還した後にあなたの訓練を増やさなくてはなりませんんね……」
それを聞いたネイワの顔がさっと青ざめて、慌てて脱いだばかりの兜をかぶり直す。
「お、俺は全然大丈夫です!!全然大丈夫でした、スイマセン!!さ、さぁ、隊長!!みんなで元気に出発しましょうか!!」
そんな風にエルダの機嫌の回復を謀ろうとするネイワのことを、周りにいる人間
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