リラはすっかり暗くなってしまった森の中を疾走しながら、振り返る。
二匹のオークが、後ろからつかず離れずの距離で、リラのことを追いかけてきていた。
リラが走りだしてから、両者の距離は詰まることも、離れることもなく、オーク達はそれに若干の苛立ちを覚えていた。
振り向くのを止めて、リラは指を口元に持って行くと、息を思いっきり吸い込んでから吹く。
森の中に、再び甲高い笛の音が響き渡った。
「うっせぇ!!」
断続的に吹かれるリラの指笛はより苛立ちを加速させて、追いかけてきたオークの内、後ろにいた方が我慢できずに叫んだ。
「そこのサイクロプス!!大人しくアタシ達に捕まれ!!」
聞くわけがないとわかっていながらも、オークが声を張り上げる。すると、まるで大人しく言うことを聞いたかのように、リラは急にその足を止めた。
オーク達も、つられてその場に止まる。
「……お?なんだ、観念した?」
「ここ、なら。誰にも、聞こえない」
走ってきたにも関わらず殆ど息を切らさずに、リラはオーク達に向き直り、その眼をしっかりと見据えた。
「お願い。こんなこと、もうやめて」
「…はぁ?」
何かあるのかと身構えていたオーク達は、その言葉で呆れるように脱力する。が、次にリラの放った一言は、彼女らにもう一度同じ言葉を吐かせた。
「あなた達は、好きで、やっている。ようには、見えない。だから、止めて」
「は、はぁ!?何、ワケわかんないこと……!!」
その一言で先程までのふてぶてしさは崩れ去り、オーク達は明らかに狼狽し始めた。
「先頭の、あなたの、それ」
一直線にリラが指差したものは、前にいるオークが手に持っている、石で出来た斧だった。
「手入れが全然、されていない。石の強度が、脆すぎる。そんなもの、ちょっとだけでも、当たったら。壊れて、しまう」
「なっ……」
リラがそれに気がついたのは、指笛を吹いている時のことだった。
注視すればコンマ数ミリ単位のわずかな変形や拭き取りきれなかった血痕でさえも見える彼女の眼は、オークが慌てて耳を押さえる際に、彼女の手に握られた斧の違和感を見逃さなかった。
「この程度、素人目でも、よく見れば。わかることの、はず。それなのに、あなたは、直していない。本当は、そんなもの、使いたくない。そうじゃ、ないの?」
リラの言葉は、彼女達の心へと容赦なく染み込んでいく。耳を塞げば、手に持つ武器で今すぐ彼女を殴れば止められるのに、誰も彼女を止めようとはしない。止めることができない。
「もう一度、言う。お願い、こんなこと、もう止めて」
感情を滅多に顔に出さない少女は、口にすることで自分の思いを伝える。
彼女は命が惜しいからではなく、本気でオークに嫌なことをするのを止めて欲しがっているだけなのだ。その思いは、彼女の優しさは、言葉を通じてオーク達にしっかりと伝わった。
そして、はっきりと伝わったからこそ、彼女達は胸に渦巻くその感情を隠しきれなかった。
震えるその声は最初、酷く小さかった。
「あたしの、旦那だって……わからなかったのに……」
誰に言うでもない呟きは、やがてリラへとはっきりとその矛先が向けられた。
「仕方ないだろ!!旦那様には逆らえないんだよ、あたし達オークは!! こんなのやりすぎだって、思わないわけない!!殺すのだって、止めようとしたさ!!でも、無理だったんだよ!!もう、あたし達の身体には敗北が刻みこまれてんだ!!逆らおうなんて……考えるだけで身体が震えて、結局何もできなかったんだよ!!」
人を傷つけられない武器を持つオークは、リラを睨みつけた。
彼女の言葉を黙って受け止めたリラは、やがて静かに尋ねる。
「旦那様って、あの盗賊の、人のこと?」
「そうだよ!!悪いことばっかしてるけどあたし達の大切な旦那で、言うことは何でも聞いてあげたくて!!嫌なことがあっても、逆らおうなんて……思えないんだよ……!!」
震える声で思いの丈を吐き出すオークは、泣きそうな顔で唇を噛んだ。
後ろにいるオークも、悲しそうに目を伏せている。
オークという種族は、強者に弱く、弱者に強い性質を持つ。
一度でも男性に負けてしまった彼女達は、自らを倒した相手を主人とみなし、奴隷となることに至福を感じるようになる。命令とあらば命さえ懸けることもできる彼女達に、主人への反抗などできるわけがないのだ。
「それでも」
そんな彼女達へと、リラはゆっくりと歩いていった。
「嫌なら、嫌だって、言わなきゃ。あなた達は、ずっと、辛いまま。このままじゃ、あなた達も、あの人達も。きっといつか、お互いを、苦しめる。だから……」
「うるさい!!知った風な口を聞くな!!アタシ達はもう、これまでたくさんのものを奪っちまってきてんだ!!今更、幸せになりたいなんて
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