俺がランニングを毎朝の日課にするようになったのは、中二になってからの事だ。
最初のきっかけは、身体測定の時に俺の体重が学年の平均を上回っていたので、痩せる為に運動しようと思ったなどという、極めて単純なものだった。近所にちょうどいい河原があったというのも、それを後押しする理由にはなったのだが。
初めてのランニングは気力が持たずに十分と経たずに家に帰って、冷蔵庫のお茶をがぶがぶ飲んだ。こんな事を繰り返すなんて、と想像するだけで気が滅入って止めてしまおうかと思った。
けれど、そんな重たい身体を身体測定の結果の用紙の数値だけを頼りに奮い立たせて二日、三日と続ける。一週間も経過すると、そんな気持ちはどこかへ吹き飛んでしまっていた。
見えてこなかった景色が段々と見えてくるようになっていた。
それは例えば、朝焼けを反射して光る川とか、あえてアスファルトの歩道を外れた時の芝の生えた土とそれを踏む足の裏の感触とか、反対側の岸で犬の散歩をしている女性とか。
今まで味わったことのない新しいものを発見するのが楽しくなっていて、気がつけばそれは俺にとって欠かせない日課になっていた。
それから何年も経って、いい年した大学生になった今でも毎朝走ることを止めていないのは、そういう経緯があったからである。
だが、ここ最近はその日課を止めた方がいいのかなぁ、などと考えることが増えた。
その理由というのは、別に俺が運動を嫌いになったとか、怪我や病気で続けるのが難しくなったとか、そんなものではない。
「そこの赤い人〜〜!!待ってくだしゃ〜〜〜〜い!!」
馴染みとなったランニングコースを走る俺の背後から聞こえてくる、舌っ足らずな叫び声が原因だ。
またか……と溜息をつくのもいい加減めんどくさいので、無視して呼吸を乱さないように手と足をテンポ良く動かす作業に努めた。
「はぁ、はぁ……なんで無視するんでしゅか赤い人〜〜!!こっち向いてくだしゃ〜〜い!!」
振り向かないようにしつつ念の為辺りを確認してみるが、赤い服を羽織っているような人間は、何年も使用している運動用の赤いジャージを着用している(ちなみに、三着ある同じものを毎日着回している)俺以外に周りにはいない。
つまり、件の叫び声が指し示しているのは間違いなく俺であるのだ。そんなことはわかりきったことではあるのだが、今度こそ肩を落とさずにはいられなかった。
問題なのは赤い人が誰のことを指すのか、ということではなくて、俺が今どの辺を走っているかということだった。
反対側の岸に、野球場があった。それだけでも、長年走ってきた俺には自分がどのぐらい走ってきたのかがわかってしまう。きちっと計ったことはないのだが、大体3~40分というところだろうか。
……つまり、何が言いたいかってことであるのだが。
「……げ」
そのまま走り続けているとすぐに、折り返し地点の目印として使っていた鉄製の柵が道を塞ぐ景色が、心配通り見えてきた。
つまり、そこから先に道はないのだから、俺は来た道を引き返すしかない。
ここまで走るのには結構な距離があった。その内に大人しく諦めてくれるかと期待していたのだが、後ろからは細やかな息づかいが聞こえてくる。
「はっ……はっ……待って、くだしゃ……」
その声が、否応なしに俺にわかりやすい現実を教えてくれた。
……はぁ。流石に無視し続けるのは無理があったか……
そんなことを思いつつも足を動かしていると、柵の近くまで辿り着くのにそう時間がかからなかった。
「はぁ、はぁ……ふぅ」
足を止めると、流石にどっと疲れが押し寄せてきた。倒れそうになった両足を、手で支えるが、全身から流れる汗だけは止めようもない。そこに風が吹いて、汗のしたたる身体は一気に冷やされてしまった。ここが橋の下で日陰になっているということもあって、夏場だというのにぶるり、と身体を振るわせてしまった。
けど……その感覚が、気持ちいい。
半分とはいえ、コースを走りきるというのには、毎日のことといえども確かに充足感があった。
けれど、これでもまだ半分しか走っていないことには違いないのだ。
休憩なんていらない。さぁ、コースを引き返そう。そして、この気分をもう一度……
「よ、ようやく追いつきましたよ、赤い人……」
……などという現実逃避はさておいて、俺は本日初めて後ろから追いかけてくる声の方を振り向く。
振り向いた先にいたのは、どう見ても唯の人間ではない少女だった。
真っ先に目を引くのは、ふさふさの毛で覆われた足だろう。それだけなら、一万歩譲ってそういう服なのだろうという解釈もできるのだが、足の部分にある、光沢を放つ蹄がその可能性を否定する。あんなデザインの靴なんか中々お目にかかれる代物ではないだろうし、あったとしてもそれをわざわざ履
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6]
[7]
TOP[0]
投票 [*]
感想