……お願いがある、そう毒を滴らせるようにファンジェンと名乗った者はタオフーたちを品定めするように、ゆらりとその翡翠の瞳を振る。
これは命令だ
タオフーたちは、そう理解する。目の前の存在は、どのような“願い”であれ、それを拒むことは許さない。有無を言わさず、その首を垂れることだけを求めている。
「して、要求は」
より鋭く、鋭利に目を細めるタオフーの横で、ヘイランが無表情に問う。
「こちら……この襤褸寺に我が師兄、ティエン兄がいるとお聞きしました」
獣たちの眼が、険しく光る。
「ティエン兄を、私にお返しいただきたい そして……二度と関わらないでほしいのです」
そう告げ、ファンジェンは一度口を閉ざす。
ティエンの縁者、そう告げたのはタオフーたちにとっては少々の驚きであったが、そんなことはこの獣たちにはどうでもよいことであった。問題はこの無礼者が突き付けた要求にあったからだ。
「……あゝ、ここにティエン兄が今、いないのは存じています……いれば必ず出てくるでしょうから ですから……貴女方は山にお帰りいただきたい、と言う方が正確かもしれませんね」
獣らしく、そう言外に言い含むように侮蔑の眼差しがタオフーたちに向けられる。
タオフーの銀髪に、ちりりと白電が走る。
答えなど、わかり切っていた。
「断る」
獣たちは爪を剥き、牙を見せ、構えをとる。
そして、それは相手もわかっていたのだろう。ファンジェンはため息のように小さく息を吐くと、苛立たし気に獣たちを一瞥する。
すらりと、まるで蛇が鎌首を持ち上げるようにファンジェンが椅子から立ち上がり、手をふり上げたその瞬間であった。
一閃の煌き、次の瞬間タオフーの爪が飛翔した小さな仕込み刃を砕く。
その隙を突くように迫る、ファンジェンとその足から放たれる蹴りをタオフーは腕でもって受ける。低く、風のように早い滑走から繰り出された一撃は刃のように鋭く、重い。
咆哮、紅い門徒たちが一斉にヘイラン、フオインに対し迫る。
姑息な手を!
タオフーがそう激昂するように吼え、腕を払い受けた蹴りを弾く。そのまま身を独楽のようにねじると鋭い足爪による蹴りと尾による鞭打の連撃を見舞う。だが、ファンジェンは弾かれたまま石畳をつかみ、素早くきりもみするようにしてさらに身を低く伏せタオフーの足を払うように蹴りを撃つ。
先ほどよりもさらに鋭く重い一撃を受け、タオフーは一瞬宙に浮く。だが、素早く片手で受け身を取りファンジェンに向けて切り上げるように爪撃を放つも、その爪は石畳だけを抉る。
その瞬間、宙を切り上げたタオフーの腕に黒くしなる鞭―ファンジェンの編まれた黒髪が―絡みつく。強く、締め上げるような痛みが腕に走る。
(この髪!)
奇妙なまでに長く、そして四つに分かたれた髪。それはファンジェンの奇抜な趣向だけではなかった。己が武術における“武器”の一つとして、機能させる目的もあったのだろう。事実、その編みこまれた“黒鞭”の先端には鋭い両刃の短剣のごとき金の髪留めが取り付けられている。その艶と粘ついた光を放つ濡羽の如き黒髪は、まるでファンジェンの悪意が染み出してくるかのようなじっとりとした嫌悪をタオフーにもたらしていた。
その鞭でタオフーの腕を縛り、そしてもう一つの鞭を巧みに振るいタオフーを打ち付ける。それは横に薙ぐように振るわれ、鞭の先端がタオフーの腹を切り裂く。
「っ! 貴様ッ!!」
致命傷には程遠い、かすり傷程度の傷。鋼鎧の如く、割れた腹に血が垂れる。戦いに身を置くものからすれば、傷は誉、勲章にも等しかったであろう。だが、どうしてかタオフーは己の肌が傷ついたことを酷く腹立たしく感じていたのである。
“化け物”
昨夜の外道の言葉が、耳の奥で反響する。
“成り損なった”己の体、これ以上“醜く”しようというのか
肉体が震え、より鋭く牙を剥く。
猛虎は激昂のままに敵を討たんと己が腕に絡みついた黒鞭を掴み、引き寄せようと大地に踏みしめ爪を立て、その腕を手繰り寄せるように振るう。しかし、それを察したかの如く、そしてまるで生きた蛇のように“ぬるり”と先端の短剣でタオフーの皮膚を切り裂きながらほどけては主たるファンジェンの元に戻る。解けてもなお、タオフーの腕にはまるでこびりついた油の如く不快さが残るようであった。
それに、ティエンを師兄と呼び同じ師を仰ぐだけはあると、その実力は認めざるを得なかった。だが……
(ティエンほどではない)
事実、先ほどの組打ちにおいてファンジェンが優位に立てたのも不意打ちに等しい攻撃、それに暗器等の武器を用いてのことである。ティエンであれば正々堂々正面に立ち、しかも己が拳一つでタオフー……否、ラ
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