……霧深く、夜闇に沈む仙石楼。
それを眺めるように、離れた崖に立つ影が複数、あった。
「あれが例のお堂か」
「そのようで」
闇に紛れ、山犬のように鋭く下卑た視線がぽっと霧の中に浮かぶ仙石楼を睨む。それは獣の皮を羽織り、荒く軽装ではあるが鎧を着込んで武器まで持つ集団。
「なんでも、女三匹と召使しかいねえって話じゃねえか」
「おまけに美人ときてる ふへへ、楽しめそうだ」
「馬鹿、その女どもが妖の類っていうんだろう?」
「心配するんじゃねえ、きちんと手はあるさ……」
数は多く、ぎらついた欲望を隠そうともしない。彼らは山に潜む修験者崩れの山賊たちであった。
天崙山は霊験あらたかな大霊地であり、それは数多くの鬼や魔を引き寄せると同時に霊力を得てより上位へと至ろうという修験者、修行者もまた惹きつけて止まない場所であった。だが、魔鬼跋扈する大霊地での修行は厳しく、そして霊力を得て上位へと至る道もまた長く険しくして尋常ならざる忍耐を要するものであった。
それは才覚あるものであっても、気が遠くなるほどの時をかけて大術師や仙人へと昇るのである。才覚なきものならば言わずもがな、であった。そうとなれば当然、落伍するものも出てくる。そんな者たちはただ山で隠れ住む隠者となるか、もしくは大人しく天崙山から去る程度ならばまだましであり、諦めきれずに去らなかった者は未だに己のことを“求道者”であると騙り、欲望のままに強盗や狼藉を働くものに堕してしまうものも……多かったのである。
そして、そんな連中もピンキリではあるが中途半端に力や術を身に着けたものも当然いた。欲望に駆られながらも中途半端に力を持っているが故により驕り高ぶり、悪鬼にも勝るとも劣らない残虐さや貪欲さを持つものもまた、天崙山の山深くに潜んでいたのである。彼らはそんな“悪鬼紛いの人崩れ”の群れであった。
ありていに言えば《外道》どもである。
さて、そんな外道たちが今まさに次の獲物として仙石楼を値踏みしているところであった。
「それにしてもあの噂は本当なんだろうな じゃなきゃわざわざここまで登り損だ」
「どうだろうな だが聞いていたよりかは小奇麗な寺だ、案外ずっと前から虎の化け物は退治されているのかもしれんぜ」
「退治されてんのにここ最近まで誰も噂にしてなかったていうのかよ」
「……まああの“仙石楼”だからな 普通なら近づかねえよ、誰だって命は惜しい」
“仙石楼”その言葉が一人から洩れたとたん、外道どもは互いの眼を見合わせる。中には目に見えて怯え出すものさえいた。
そう、それほどまでにタオフー改め“ライフー”が残した仙石楼の伝説は“恐怖”として天崙山に広まっているのである。
闇の中で、重々しく唾をのむ音が聞こえる。
「いいか、噂が本当なら良い思いができる上に金まで入るんだ 違えば逃げりゃいい、とにかくやるんだ ……おい、あれを出せ」
鼓舞をするように、外道たちのまとめ役だと思わしき男が一人に命じる。言われた外道は背負っていた薄い木箱を下ろし、封を切って蓋を開ける。開け放たれた中には、複数の札と香粉を詰めたと思わしき紙玉が数個、転がっていた。
棟梁の外道が一歩進み、木箱の中から札と玉を取り出すと周りの外道たちに回すように見せる。
「よく見ろぉ、道士様よりいただいたありがたい道具だ これが奥の手ってやつよ」
「どういうもんで、どう使うんでぇ」
「いいか、この札は“封縛符”、玉は“獅子倒”っつう香が封じられた玉だ この札を貼られた奴は術を唱えることも動くこともできなくなる代物でな、一発これを貼れば鬼さえも動けなくなるという話だ で、こっちの獅子倒が、ちょっとでも吸えば怒り狂った獅子すらもぶっ倒れるっていう痺れ毒よ」
「なるほど、その毒を使って動けなくなった奴に札を貼って完璧に動きを封じるってわけですかい」
札と玉、その説明を受けて外道どもは意を得たりとにやついた笑みを浮かべる。
「そうだ、玉と札はくれてやる 女が抵抗するようなそれを使って好きにしな 虎の化け物がいるっつうならそれ使って逃げりゃいい ……召使の男はいねえって話だが、居たら殺せ」
下種な笑い声が夜闇の中に響く。
「こんな便利なもんがあんなら、虎の化け物も殺せそうじゃねえか いっちょ俺たちが退治して英雄様になっちまうか」
けたけたと笑う外道たち。そして我先にと札と玉を手に取っていく。
「いいか、ともかく道士様のお望みは寺に居る連中全てを始末することだ なんでか召使いの男はいねえ言ってたが知ったことじゃねえ 居るならついでに殺しちまえ、居ねえなら居ねえで戻って来たところを殺っちまえばいい……寺に隠れてりゃわかりゃしねえよ」
「なら女どもは攫っちまえばいい 妖とはいえ上玉
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