登場人物
アイオン
故あって妖精の国まで旅をし、辿り着いた戦士。
盲目であったが、魔人となることで片目を得る。
ガーラ
アイオンと共に妖精の国を目指したハイオークの魔物娘。
戦士のために、自らの片目を差し出した。
第一 命薫る日々
……穏やかな陽光が瞼を照らし、うっすらとした眩しさがアイオンの眼を焼く。
そのままアイオンはゆっくりとその瞼を開き……世界を見る。
ぼんやりと、輪郭の薄い世界が……目に映る。だが、徐々に物事の形と色が固まり、やがては完全にその世界の姿を目の中に映す。
どうやら、開いた窓から差し込んだ陽の光がアイオンの顔を照らしていたようであり、その優しくも暖かい眩しさを、少しだけ、目が痛まない程度にアイオンは見ると柔らかな藁の寝床からその身を起こす。
……そこは小さな木の家……
かつて住んでいた……兄と共に過ごした猟師小屋に似た小さな家であった。
おぼろげながらも光を取り戻した後、女王から用意したと告げられたこの家を見たとき、アイオンは驚いたものであった。それはかつての、ずっと記憶の底に封じ込めていた“故郷の姿”だったからである。
鬱蒼とした森のそばに立つ、猟師の小屋。兄と共に過ごした、あの場所、あの家であった。女王の力の賜物なのだろうその家は全てが木と植物、そして石や岩から作られており、故に細部は違っていたが、それでも十分だった。
長いこと、思い出すことすらも忘れていたのにも関わらず、ぼんやりとした記憶の中にある家の造り、そして小さな小道具に至るすべてが同じであるかのように感じられ、アイオンは数年、数十年ぶりに感じる郷愁と安息の中にいた。
(……もうずいぶんと、遠くに来た)
そうぼんやりと思いながら、アイオンは窓際に置かれた粗末な木の椅子、それに腰掛けながら窓の外……うっそうと茂る森と、その中を飛び交う妖精の光を眺める。窓からの景色までは同じとはいかなかったのだろう。それでも十分すぎるほどに似た景色ではあった。
(本当に、俺は……妖精の国にいるのか……)
妖精の女王が統べるという、常春の国。かつてアイオンが読み漁った物語の中でも、その記述は一貫していた。冬に抱かれる北の大地とは違い、妖精の国は雪が降ることはおろか、肌を刺すような冷たい風が吹くこともなく、常に柔らかな陽光と暖かい月光に照らされ、時折降る雨も霧雨のように穏やかで決して体が冷えることはないのだと。そして常に木々は青々と生命に満ち溢れ、どこまでも続く草原には花々が色とりどりに咲き誇り、澄んだ小川が煌めく。実りは豊かで、決して飢えることも渇くこともないという。
大樹が連なり、妖精たちが踊り暮らす理想郷……それが妖精の国であった。
しかし、そんな理想郷にも“決まり事”はあった。それは物語によって様々ではあったが常に同じなのは“王または女王の決定が絶対”ということである。そしてそれは、妖精の国について間もないころに実感もしていた。誰も女王の決定に異を唱えることはなく、そして自分たちさえもそれに従うことに何の違和感も抵抗も覚えなかった。それに、ノチェを瞬く間に癒した力も……下手をすれば神にさえ匹敵するのではないかと、アイオンは考えていた。
また、物語によっては“一度入ったら最後、妖精以外は出ていくことができない”と記述されているものもあった。物語の主人公によっては、そのまま定住して終わりということもあれば、機転を利かして、もしくは無理やり逃げ去る、ということもあったが概ね“妖精の国から逃げ出そうとする”ことは大変骨の折れることのようであった。今のところ、アイオンは出ていく気はなかったが、いざ出ていこうとした場合はどうなるのか興味は少しだけあった。
(……まあ、そんなことはないだろう……と思いたいが)
暖かい日差しを感じながら、ちらと脳裏に浮かぶのは己が捨て去った場所。そこに残してきた養父の姿であった。
息子同然に育てられたのにも関わらず、その愛に報いることなく裏切ってしまった。その苦悶を思うと、胸の奥にじくりと染み出すような、癒えることのない古傷のような痛みを感じるのであった。
養父は一体……どうしているのだろうか
もう二度と、会うことはない。そう決めた、なのにどうしてか考えずにはいられなかった。
アイオンがそのまま深い思索の道に入ろうとしたその時であった。嗅ぎなれた、薫りが鼻をくすぐり……暫くして大きな音を立てて小屋の扉が開かれる。
「アイオーン!」
はつらつとして大柄な、灰色の白髪とはち切れんばかりの褐色の実りを揺らしながらガーラが小屋の中に入り込んでくる。その片目には黒布が巻かれ、愛する者のために差し出した犠牲を物語るが、本人は何一つ気にすることなく快活に笑う。そのまま
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