砂塵の歌



 ……砂塵舞い散る砂の海。
 それを臨む小さな宿場町のはずれ、爪弾きものの男が住むあばら家の脇を一人の旅人が通る。

 「旅人かい」

 椅子に座り砂漠を眺めながら、痩せた男が問う。

 旅人は男の方をふいと一瞥すると、同意するように小さく頷く。
 ぎらりと、男の目が興味深げに光る。そのまま男は片手に持った酒瓶を一つ呷ると、薄く笑って喋り出す。
 「この先に用かい? なんもありゃあしねえのにさ」
 探しものだ、とだけ旅人は返す。その返事が面白いのか、ひひひと酒焼けしたかすれた声で男は嗤う。
 「なんも、な〜んもねえのさ 広がるだけの砂浜に岩山しかねえのさ カンカン照りの太陽はいつもご機嫌、そのせいで魔物さえもちかよりゃしねえ! なんもねえのに探しに行くときてやがる! 旅人さん、あんたいかれているぜぇ!」
 そう言って再び酒瓶を呷り、むせるように笑う。
 旅人は男を無視するように、砂塵の向こう側、蜃気楼のようにそびえる山脈を見据える。事実、旅人のゆく道は安全とは言い難い道であった。
 遥か昔、この地にあったという帝国、その残滓を探す旅。旅人は冒険者であった。時に気ままに世界をさすらい、時に依頼を受けて異国を旅し調査をする。そんな人物であった。物心ついた時から両親はおらず、商隊で様々な人に育てられながら各地を転々としていた。そんな生まれ故に定住することはなく、また縁のある人物もいなかった。育ての親とは早々に離れ離れになり、どこで何をしているのかすらもわからない。
 だが、そんな気楽な、そして孤独な旅こそがこの冒険者……名をリュークという……リュークにとっての日常であり、人生であった。

 そして、此度リュークはさる王国の学院より依頼を受け、この辺境の砂漠……そこに横たわる大山脈に眠るとされる古代帝国の遺跡を探す冒険に出ていたのである。学院より渡された地図に記された目的地はまだ先であったが、この周辺はかつて帝国の交易路として使われていた場所ということもあり、何かしらの痕跡、または遺跡の類いが見つかる可能性は十分にあった。

 恐らく、ここが最後の休息地になるだろう

 リュークは振り返ることなく、砂漠の端、砂に埋もれかけた宿場町を後にする。後ろでは、相変わらず男がかすれたうめき声にも似た笑い声をあげ、死地に向かう旅人を嘲笑う。

 実際、曰くつきの地ではあった。かつて存在したとされる大帝国、伝説にすら存在を記されているにもかかわらず今となっては殆どその詳細を知る者はおらず、その顛末も定かではない。幾つかの仮説も唱えられたが、どれも決定的な証拠はなかった。
 神の怒りにふれ、実り豊かな地を死の大地に変えられた……魔王との戦いの果てに人々も土地も荒廃し静かに滅んだ……疫病の大流行……恐るべき魔導兵器の実験で自爆……様々な学説が飛び交っていた。とはいえ、どれもこれも確たる真実を手に入れてはいなかった。その歴史は長い時と崩れ落ちる砂の中に埋もれてしまっている。

 砂塵が舞う

 さく、さく、小さく砂を踏みしめる音と風の音だけがリュークの耳を掠める。照り付ける太陽は装束の上からでも肌を焼くようであった。魔物さえも近づかぬ死の大地、それを現すように、揺らぐ蜃気楼以外何も動かない景色がただ広がっていく。
 出来得る限りの備えはしてきたつもりであった。孤独にも耐えられる自信があった。だが、無限に広がる虚空の如き砂漠を前に、リュークの心は早くも不安に絡みつかれていく。
 (くそっ これは思った以上にやばいかもしれねえ……)
 口の中で、後悔交じりの悪態を吐き出す。

 それからしばらく、目の前で蜃気楼の如く揺れる大山脈を目指して歩き続けていく。一歩一歩、踏みしめるたびに様々な考えが脳裏をかすめていく。水や食糧の蓄え、難事に備えての道具、帰るための手立てとそれまでの備蓄の計算、そしてそれらにまつわる最悪の想定。
実際、リュークは少々後悔していた。砂漠の旅は何度か経験していたし、一人旅で砂漠を通ったこともあった、それに一か月以上一人で旅をして過ごすこともしょっちゅうである。だからこそ今回のこの冒険も苦労はすれども厄介なものではないと考えていた。期間は二年、砂漠と山を越えて遺跡を見つけ地図に記す、あとは証拠となる遺物を拾いその地図と一緒に学院まで持ち帰るだけ。それで暫くは遊んで暮らせるだけの金が手に入る、この手の調査物としてはかなり破格の部類に入る仕事であった。実際報酬の全てが支払われるのは証拠と地図をもとに学院の調査隊が遺跡を発見してからではあるが、それでも調査報酬として支払われる前金だけでも結構な額であった。流石に支度金ははした金であったが、それでもしばらくの食料代にはなった。最悪、調査報酬だけでももらえれば結構な儲けもの……そう思いこの仕事を請
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