……「ふー 食った食った!」
先ほどまでの惨状はどこへやら、すっかりきれいになった食卓の上に並ぶ舐めとられた皿の山の脇でフオインが腹をさする。行儀の悪いフオインを横目で見るように、しっとりと椅子に座って茶を飲むヘイラン。
タオフーは呼んだものの、部屋に引きこもり出てくることがなかったため今回も食事にはいなかった。流石に、再びティエンを連れ攫ってしまうことはなかったが、それでも度重なる珍事にフオインは興味を持ち始めていた。ヘイランに至っては、何が起きたか察していた部分もあり特にタオフーに関しては触れないでいた。
……先ほどの、怪物質をめぐる騒動の前……
「お主、やったな?」
ぷんと色濃い、濡れぼそった雌の匂い。食欲のあまり気づかなかったフオインとは違い、目ざとくタオフーの異変を察したヘイランは単刀直入に部屋でふて寝していたタオフーを問い詰める。
「な、なにを 我は……」
「とぼけるな わしの鼻をごまかせると思わんことだな、お前の股座から零れ匂ってくるわ じゃああえて問うが、お前の全身からなぜあの人間の匂いがする?」
あからさまにうろたえ、隠れるように寝床の中に埋まる姿はとてもではないが三獣拳士が一体とは思えなかった。
「……身を清めた程度で消し流せると思わんことだな まったく失望したぞタオフー……よもやあの小僧よりも先に」
「うっ ぐっ……」
そのまま暫く、懇々とヘイランに問い詰められるも、いよいよ恥辱極まったのかうめき声しか上げなくなり、最後は寝床に隠れたままぴくりとも動かなくなってしまった。
はぁ……とヘイランはため息を一つ付くと、情が湧いたなど言ってくれるなよ、と言い残し仕方なくタオフーの部屋を後にするのであった。
……それが先ほどの話……
(変に意識しているあやつをたきつけるのは暇つぶしに良かったが、よもや本当にヤってしまうとはのう……はあ……なんという……)
はてさてどうしたものかとヘイランが頭を悩ませている横で、平らげた食事の片づけをティエンがてきぱきと行っていく。ティエンの足元には小さな粘性のナオがうにょうにょと触手を伸ばしながら手伝いを行っていた。先の一件以降、ナオは警戒しているのかヘイランの傍に寄ろうとはしなかった。
なんとなしにヘイランはナオを見る。正直、色々と実験するのを楽しんでいた節はあったが、料理が生物に変じたのは今回が初めてであった。今までも動き出すことはあってもここまで明確な意思を持っていたことはなかったからだ、それも友好的と言って良い意思を。今までの怪物質は意思などなく、ただ周りのものをゆっくりと取り込み肥大化していくだけの肉塊であり、だからこそ今回もそうだと思い処分しようとしたのである。
(……こやつの特性は……脳を使ったが故のたまたまか、それともやはり何かが起きておるのか……わからんのう)
ずずっと、お茶を啜りながらヘイランは思索に耽り、そのままうとうとと寝息を立て始める。何と言おうと、久しぶりに食べたティエンの料理はやはり素晴らしく、満足感があった。食欲が満たされたヘイランはそのまま次なる欲求を満たす方向に動いたのである。
かちゃかちゃとすっかり片付いた流しに食器を沈め、洗っていくティエン。ナオは水仕事はできないのか、それとも学習しているのかじっとティエンの動きを見ている。そんな折であった、すっと気配を感じティエンは後ろを向く。
「よ、よう……なあ この後、良いか?」
気配の主はフオインであった、どことなくしっとりとした声が響く。
ティエンは普段と違うフオインの様子に違和感を覚えるも、フオインの言葉に応じるように了承する。
「それじゃあ、いつもの 練習する場所で待ってるからな……早く来いよ!」
そう言ってひゅうっと風のように駆けていくフオイン。どことなくそわそわしたような様子を怪訝に思うもなんだかんだと……あの薄暗い洞穴の中での情事を思い出し、火照る想いを振り払いながら……長い間開けてしまっていたこともあり、悪い思いをさせてしまったとティエンは急いで片づけを終えると、手伝ってくれたナオにお礼を言い小鍋の中に戻して休むように言うと、フオインの後を追うようにいつも演武の練習に使っている仙石楼の庭先へと向かう。
「フオイン殿?」
庭先へとたどり着いたティエン。だが、肝心のフオインの姿がなかった。
(気でも変わったのだろうか?)
ティエンが少しばかり辺りを見回したその時である。庭から少し行ったところ、崩れ落ちた塀の向こう側に広がる竹林から、霧の中でぽっと炎のような朱い光が揺らぐ。ティエンはなんとなしに、その光の方へと向かう。
(……! フオイン殿)
そこには、ティエンの予想通りフオインがいた。竹林の霧中、少し開けたところで
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