全ての始まり



 第一記 天崙山三獣拳士編



 ……霧の大陸、遥か果てまで広がると言われる大地と幽玄たる山岳を擁し、そしてそれらが常に霧に包まれているという謎多き大陸。
 長き歴史と同時に、多くの謎と伝承に包まれた広大な霧の大陸においてもその名を知らぬものはいないと目される地がいくつかある。

 そんな場所の一つ……その名は “天崙山”

 かつて天に居わす天尊がその地に降り立ち、人に教えを授けたと伝えられる伝説の山脈である。そのような伝承の地ゆえ……天仙を目指す導師や仙人、地位や人を問わず多くの修行者がこの地に集い、いずれは天へと昇りつめんと切磋琢磨していたのである。

 しかし、かような地ゆえ、多くの魔もまたこの地に惹かれ集うのであった。

 霧の大陸の長き歴史においても、人と魔の禍根は深く長く、恐れと脅威、そして時として戦い、滅ぼし滅ぼされ……そうして流転の如く廻るものであった。

 少なくとも……今夜までは……



 ……霧深い山脈にしては珍しく、激しい嵐が吹きすさび雷光が鳴り響く夜であった。そのような夜に、一人の人と、一体の魔が激しく己の武をもって戦いを繰り広げていた。

 人の名はティエン
 字はなく師は白澤のウーシュ、武は道拳、齢三十近くにして清廉剛直で天涯孤独

 魔の名はライフー
 種は人虎にして師はなし、武は雷爪拳、齢三百を超え冷酷無比にして天涯孤独

 ティエンは今、眼前の魔を討つべくこの地へと訪れていた。幼き日より、覚えがあるは師による厳しい鍛錬の記憶のみ。父母の顔は知らず、血縁もないティエンにとって己が全ては師の教えと、師が授けてくれたこの武のみ。

 師はおっしゃった、この武をもって地と太平へと導き、荒ぶる乱神を討てと。

 ティエンは師の教えの通り、自らの武をもって数多の敵を討ち破り、乱神を静めてきた。

 師はおっしゃった、魔に情けをかけるなと、時に無情としてもその命を絶つのだと。

 だが、ティエンは師の教えに背いた。唯一、ティエンが師の教えよりも信じるは不殺の道。
かつて、初陣の時……ティエンは魔に挑み、そして敗れた。死を覚悟したティエンに、魔は情けをかけたのである。

 魔は何もおっしゃらなかった……ただ黙って、ティエンのもとを去った。

 それは戯れか、それとも殺すまでもないと思ったのか。だが、ティエンは悩んだ。師は魔を殺せというが、己はその魔によって生かされてしまったと。ティエンは悩んだ。悩みは惑いとなり、惑いは枷となり、その拳は何も砕けぬようになってしまった。そんなティエンを、師はただ黙って見守っていた。それが、またティエンには苦しかった。

 ティエンは決心した、不殺の道を信ずると、その道を信じその道をもって太平を為すと。

 そして、その道が成るまで師の元には戻らぬと、そう心に誓いティエンは旅に出た。師は黙って、見送りなさった。

 そして今、ティエンは不殺の道を守り続けている。だが、そんなティエンの道に最大の危機が訪れていた。

 雷爪のライフー、岩流のバイヘイ、炎嵐のフオジン……三獣拳士との戦いである。

 その戦いは数度にわたり、その武はティエンが戦ったどの武人よりも強く、ぶつかるたびに激しい死闘となったのである。

 そして今……天崙山に潜む“三獣拳士”が一人、雷爪のライフー……全身を覆う白金の毛は鋼鉄の如く鋭く硬く、その体躯は頑強かつ柔軟、その爪は雷すらも切り裂き怪力無双。そして何より、その武は冷酷無比にして苛烈。数多の敵を屠り続けた無双の士……

 そのライフーとティエンが今、己が武と武をもって此度六度目となる決闘をしていたのである。



 雷光とともに、ライフーの鋭い爪がティエンの胸元を掠める。駆け抜けるように飛び掛かるライフーの爪をティエンは同じく後ろに飛び駆けながら掌底で払いのける。
 場所は天崙山の中腹にある、岩と竹林が連なる山中であった。嵐により足場は極めて悪く、鳴り響く稲光は視覚、聴覚を遮り僅かな隙が命取りとなる状況である。しかし、そのような場所であってもライフーは軽々とその身を翻し、駆け抜け、容易くティエンを発見せしめた。だがティエンもまた、そのような状況にあってもライフーの猛攻を凌ぎ、飛び回るライフーを捕らえ、反撃を撃ち込む。
 一閃、鋭い爪の一撃を躱したティエンは素早く大地を掴みその身をねじると、強烈な踵の一撃をライフーの顎めがけて放つ。風よりも早く、大鎚の一撃よりも重いその踵蹴りを受け、ライフーは跳ね飛ぶ。しかし、すぐに空中で身をひねりティエンと同じく大地に受け身を取る。

 瞬閃、雷光が走る。

 ライフーの両目が火花を散らすかのようにその光を受け光る。雨に濡れた白金色の毛皮は帯電するかのように輝き、その虎頭は唸り牙を剥く。ライフー、ティエン共に再び
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4 5 6 7]
[7]TOP [9]目次
[0]投票 [*]感想[#]メール登録
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33