僕と120号の怪画   『表』

-01-



兎にも角にも変わった絵画が好きで、有り余る金にモノを言わせて買いあさり
気付けば画商顔負けの名画ならぬ迷画コレクションを所有する
坂の上のお屋敷の変人と言われていた。

そんな父の葬儀が滞りなく済んだ火葬場での事。


「なぁ鉄朗。兄貴と話して決めたんだが、
 あの家はお前に今のまま住み続けてもらおうかと思うんだ」

「俺達はもう家族も家もあるし、第一実家は会社から遠くてな・・・。
お前が良ければ親父の遺品も全て引き取ってくれていいからさ」


あんな不気味な屋敷なんぞ寄りつきたくない、と正直に言えばいいのに。


結局趣味の為に資産のほとんどを使い込んでいた父が残したのは、
戦前から立つ巨大な洋館と彼の人生ともいえる怪画のコレクションのみだったのだから
仕方ないと言えば仕方がないが。

「わかった。兄さん達がそう言ってくれるならあの家は僕が譲り受けるよ」
途端に兄の顔がほころぶ。
「あぁ。そうか、よかったよ」

本音が出たな。と思ったが、口には出さないでおいた。
なんとはなしに顔を上げると火葬場から立ち上る煙がどす黒い曇り空の中に溶けていった。







そうしてそのまま、例の如く僕はただっ広い屋敷の主となった。
町を見下ろす山の麓に立つ豪奢な洋館、通称”坂の上”。

かつてこの国に貴族院なるものがあった頃は正一位の公爵家として地位と名誉と品位を賜り、戦後に貴族としては没落しつつも数十の紡績工場を運営し素封家として持ち直し、僕の二つ前の代までは町の権力者として君臨した一族が住んだこの建物。

工場も手放し資産も底をついた今となってはいい噂の種である。
そりゃ兄たちも苦い顔の筈だろう。
因みに固定資産等の手続き一切は兄達が処理してくれていたので、
僕自身が役場に一度しか出向く必要がなかったのは正直ありがたかった。


面倒事がひと段落して僕はかねてからの計画に移った。
絵をオークションに掛けたのだ。確かに気味の悪い怪画揃いで
作者の名前を聞いてもどれもピンとこない物ばかりだが、出す所に出せば目を向く値を付けて欲しがる人々がいるのだ。一種のマニアなのだろうがこんな奇特な品を好む好事家が父以外にもいた事実に複雑な心境であった。

ちなみにどんな絵を父が集めていたかというと、オーソドックスな所で言えば絵の具を塗り手繰った様な印象派や血に塗れた戦争画。
変態性を帯びたもので言えば化物や怪物を子細に描いた文字通りの怪画、クトゥルフ系統の醜悪な絵、他にも口にするのも憚られる品々である。

つまり僕も父の趣味は理解できないし彼の美学にはなんら惹かれてはいない。
ただ知識人としての父が好きだっただけなのだ。
だから今パソコン画面上でどこかの誰かが1千万で競り落とした怪画も
幼い僕にトラウマを植え付けた絵だったりする。



そんな日々が続いたある冬の寒い日。
滅多に誰も来ない屋敷の外に車が止まった。宅急便の大型トラックである。

暫くしてチャイムを鳴らす音がした。門扉を開ける僕。
「すいませーん。お届けモノで―す」
「僕に・・・ですか?」
「えぇーと、柿洲鐘也様宛てですねぇ」
「鐘也は父ですね。僕が変わりに受け取りますよ」
「お願いしまーす。あ、そうだこの荷物なんですけどどうも送り主の方の不備でちょっと遅れたそうなんですよ。元々は半年前に届く筈だったそうなんですけどね?なんでも国外から・・・」

配達員はその後も何か呟いていたが、本来は生きている筈の父が受け取るべきだった
荷物に意識が向きほとんど僕の耳に入って来なかった。
恐らく、いや確実にまた怪画だな。

その後、配達員二人係でトラックから運び出したのは案の定「画」だった。
しかもこれまでない程大きい。
横2メートル、縦1メートルの120号はあろうかという面倒な巨大さである。

広い家だけに置く場所には困らなかったが、飾る気など毛頭ない僕は広間の壁に立て掛けて貰い宅配業者の二人には早々に立ち去ってもらった。
どうせ直ぐに競売にかけてこの家からまた運び出される品物だ。どこに置こうと問題は無い。 取りあえずは父が最後に注文した絵を一目は見ておこうと包装を取っ払う。
そこに描かれていたのはドレスを身に纏った一人の女だった。

ただ、さすがと思わせるのはその下半身から伸びている足が
蛸の様な軟体の触手群だったことだ。

半人半獣ならぬ半人半蛸。常人が見て喜ぶ被写体ではないだろうこれは。
僕は値が付きそうもない画を見て一人溜息をついた。


-02-


漣の寄せては返す砂浜で誰かが僕を呼んでいた。
遠いのか近いのかはっきりしない細い声で何度も僕の名を呼んでいる。

結局誰が僕を呼んでいるのか分からないままに夢が覚めた。
まだ明け方前の薄暗さの中、耳に残る波の音がクリアに僕の頭を
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4 5 6..9]
[7]TOP
[0]投票 [*]感想
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33