とある街にある、とある小さな小料理屋。
カウンター席しか無い、小さなお店。
『支度中』の札が下げられた店の厨房で、一人の料理人が、煮立った鍋と向き合っていた。
「ハロウィン、ねぇ………和食には関係ないもんなぁ………」
季節は秋。10月の下旬。
いわゆるハロウィンのシーズン。
ふと店の戸から外を見れば、仮想して出歩く、子どもたちの姿がちらほら。
「まぁ、カボチャくらいかな、出せるのは………」
先程から、鍋の中でくつくつと煮こまれているのは、小さく切られ、丁寧に面取りされ、皮目には木の葉の飾り彫りが入れられたカボチャと、まるごと放り込まれた三角揚げ。
かぼちゃの甘味と油揚げの旨みを、鰹と昆布の旨み、醤油とみりんを効かせた出汁で煮込むことで、一つに合わせるのだ。
カボチャの煮崩れないギリギリのタイミングを見切って火から外し、即座に氷水に鍋を浸して鍋の出汁を一気に冷やす。
煮物は冷えることで味が染み込む。
本来ならば自然に冷まして、ゆっくりと味を染み込ませたいところだが、飾り彫りを壊さないためと、カボチャの色合いを活かすため、あえて素材が変色しない急速冷却という裏技に踏み切った。
なお、旨みを効かせるために一緒に煮込むのは、別に油揚げでなくとも良いのだが………
「こんばんわぁ〜、大将。とりあえずぅ、お酒を冷でおねがいします〜……」
『支度中』の札を下げておいたにもかかわらず、平気で戸を開けて入ってくる、この親しい常連のためである。
やや京風に訛った言葉使いに着物姿、頭にピョコリと生えた耳、ふわりとした尻尾をふりふりとさせた、『稲荷』が一人。
勝手知ったる、なんとやらで、ちょうど男の真正面に座る。
「いらっしゃい、ちょっと早いけど、まぁ良いか」
「えぇ、そろそろ出来上がる頃やと思いましてぇ〜」
そう言いながら、稲荷は鼻をひくひくとさせて、じっと氷水で冷やされた鍋に熱い視線を向ける。
「やれやれ、鼻が良いのは相変わらずだね」
「ウチ、コレでもイヌ科ですからぁ、うふふぅ〜」
男は、おしぼりと、所望された冷酒の徳利を手早く用意すると、鍋の蓋を開けて、椀にカボチャと三角揚げを盛り付け、いたずらっぽく笑う稲荷に振り返る。
「今日はハロウィンだからね、カボチャを煮付けてみたよ。」
それら三点を黒塗りの盆に乗せると、そっと、稲荷の前へと差し出した。
「あらあら、素敵やわぁ〜、食べるのもったいないわぁ………」
差し出された煮付けを前に、目がキラキラと童女のように輝き出す。
もったいないと言いつつも、食べる気は満々らしく、手はすでに割り箸を割って、身構えている。
「いただきますわぁ〜ぁ〜んっ………」
いただきますを言い終わるのすらもどかしいのか、早速油揚げを箸でちぎって、カボチャに乗せて口に入れ、すかさず、おちょこに注いだ酒を一口。
「んくっ……はぁ、今日もおいしいわぁ、大将」
酒とともに煮付けを食べて、心底幸せそうに男に微笑む稲荷。
「それはどうも、君に褒めてもらえるなら、味は合格かな」
どこかほっとしたような表情で、嬉しそうに男も答えた。
そう、カボチャと一緒に煮込む食材に、わざわざ油揚げを選んだのは、もちろんこの稲荷のため。
彼女との出会いは数カ月前。
ここに小料理屋を開いたばかりの男のもとに、稲荷が客として訪れたのが始まり。
すでに閉店直前で、のれんも下ろし、残り物で賄いを摂ろうとしている所へ、申し訳なさそうに戸を開き………
『あのぅ………まだ、よろしいですかぁ?』
そう言って、入ってきたのが彼女だった。
後から聞いた話、男が食べようとしていた賄い飯の匂いを嗅ぎつけて、我慢できずに入ってきてしまったらしい。
それもそのはず、男が食べようとしていた賄い飯は『厚揚げと油揚げの煮物』(に白飯と味噌汁)だったのだから。
こうして、男の油揚げ料理に魅せられた稲荷は、この店に毎日のように通う常連となり、 男はそんな常連が喜ぶので、油揚げ料理の腕を磨く………といった不思議な関係が出来上がった。
「ごちそうさまでしたぁ〜………」
と、男が少しばかり過去に思いを馳せている間に、稲荷は徳利一本を空け、煮付け一椀を食べ終えていた。
「おっと、後はどうする? つまみを何か用意して、お酒もう一本付けるかい? それとも、きつねうどんか木の葉丼でシメる?」
空いた椀と徳利を下げる男に、稲荷は静かに首を横に振る。
「いいえ、今日はちょっと、いつもとちゃうモノをお願いしたくてぇ………」
そう、恥ずかしげに呟くと、着物の胸元、居住まいをただし、咳払いを一つ。
そして―――
「と、とりっく、おあ、とりぃと………」
顔を薄紅色に染めながら、絞りだすように、小
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