おにぎり

「そろそろニックネームでも付けようかと思います」
「また突然ですね……」

それは、僕が先輩に半ば強引に入部させられてから半年が経ったくらいの日。彼女は突然そんなことを言ってきた。まぁこの人が突発的に行動するのはいつものことだし、特に理由は聞かないでおく。

「よし、じゃあ星村 空理、略してくー君だ!」
「……それは、名前が三文字なのに略して四文字になったら意味がないじゃないか、というツッコミ待ちですか?」

そうだよ〜。とはにかむ先輩を見て、僕はため息をつく。
何というか、毎回毎回ネタに走らなくてもいいでしょうに……
しかし、彼女は一度自分で決めてしまうとなかなか変更を受け付けようとはしない。結局はずっと、そんな子供扱いされているような呼ばれ方をされていくことを知らないで、僕は先輩に抗議をする。


はずだった。


「ねぇねぇくー君」
「なんですか?」

先輩に呼ばれるが、違和感を覚える。
彼女の声に、なにか雑音のような異物が混じった感覚がした。
いや、それは正確ではないな。
まるで、“先輩二人から声をかけられた”ような、そんな感覚だ。
なんだ?と疑問に思って先輩を見て、そして息を飲む。


金髪で、耳と尻尾を生やした先輩の残像のようなものが、彼女に重なるようにして存在した。


『ねぇ、空理』
『君は、どっちを選ぶのかな?』

そんな問いかけを二人からされたその瞬間、僕の足元の地面がなくなり、落下する。
落ちた先は、闇。何も見えず、何も聞こえない。
残ったのは、ただ落ちていく感覚のみ。

落ちていく


落ちていく




落ちていく……


××××××××××××××××××××××××××××××


「〜っ!?」

全身にうすら寒いものを感じて、僕はバッ、と飛び起きた。
体には、なにも異常はない。夢かなにかで錯覚していたのだろう。なんだいったい……落ちる夢でも見ていたのか……?
そう思いつつ、少しでも思い出そうと努力して……自己嫌悪する。また僕は、昔のことを思い出していたからだ。
なんというか、どんだけ引きずってるんだよ、と自分でも呆れる。
それに……

「僕はどっちを選ぶんだ、か……」

夢の中で問われた、その言葉。それが、とても痛かった。
すでに答えは決まっている。決まり切っている。
だがしかし、これには一つの問題を抱えている。
それは、現在僕がおかれている状況から、その選択しかできないからそうしているのではないか、という疑念だ。
僕は、僕たちは、立宮先輩に想いを告げていない。告げる前に、彼女は卒業して、以降連絡と取る方法を僕が有していなかったからだ。
その状態で、この世界に来て、今のこれだ。引きずっていないと断言できる方がおかしい。
僕は立宮先輩が好きだった。これは変えようのない事実である。でも、今の僕は同僚の美核が、稲荷の美核が好きだ。
気持ちはどうあっても揺らがない。
揺らぐのは、その気持ちの動機。
美核が美核だから、僕は美核が好きである。そう思いたい。しかし、彼女が立宮先輩に似ているから好きだとしたら、それは彼女を傷つけることしか起きないから、そうだったら僕は彼女を愛するべきではない。
思考がどんどん複雑に絡まっていく。答えは、でない。
……せめて、あの子に美核なんて名前をつけてなければな……
なんて、今更な小さな後悔をして、ため息をつく。

「……ん?」

ふと、視線を感じたような気がした。同時に、誰かがニヤニヤと少々下卑た笑みを浮かべているような、言い換えるなら、うざったい、そんな空気を感じる。
周囲を見渡すが、当然部屋には誰もいない。
こんな空気を放つのは……アーシェさんやライカ……世話焼きでお節介な連中だが、流石に野郎の部屋に入って隠れる趣味などないだろう。
気のせい気のせい。と結論を出したちょうどその時に、扉がノックされる。

「はい、どうぞー」
「お邪魔するわね。おはよう、空理」
「ああ、美核か。おはよう」

入って来たのは、問題の美核であった。少々気まずい気がするが、特に後ろめたいことをしていたわけではないので問題ない。

「もうそろそろ到着しそうだってライカさんが言ってたわ。あと、ジパングのお金を持ってない人は船を降りたらついてくるように、とも言ってたわね」
「ああ、やっぱり向こうじゃお金が違うのか。……で、それは?」
「おにぎりよ。起きたばかりなら食べるかなって」
「うん、いただこうかな」

ん。じゃあはいどうぞ。と美核から二つおにぎりの乗ったお皿を受け取る。
手軽に食べれるし、ちょうどいい朝ごはんだな。と感謝しながら食べ始める。

「いただきます。……ん、鮭だー!」
「……いきなりなに奇声をあげてるのよ、と思ったけど、そう言えばあんた鮭好きだったわよね」
「まぁねー。と言っても、生
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