第九楽句〜優しく、残酷な力〜

「あ、ハーラデスさん、おはようございます!」
「おはよう。……と言っても、もう昼ですけどね。あ、昼食をお願いしてもいいですか?」
「はいっ!」

ダイニングで、僕は給仕担当の魔女の子に頼んで昼食をつくってもらう。
時刻は、1時くらい。
ここにくる前は、ずっと部屋で眠っていた。
昨夜襲われた疲労などで、なにより、休息の時間が必要だったのだ。

「ハーラデスさん、できましたよ〜」
「ありがとうございます。いただきます」

手を合わせてから、僕は昼食を食べる。
そして、咀嚼しながらも、昨日の、メリカさんからの説明を思い出していた。

『襲撃の正確な日時まではわからん。が、ラインやトーラ……ここの周囲の街に3部隊づつほどの教団師団、および教団騎士団が滞在し、出撃準備を行っている。さらに、この街に向かって教団の船が10艘ほどか出発している、というのが、ライカからもたらされた情報だ』
『一つの街……しかも、それほど大きくもないこの街に向かって教団師団や教団騎士団ががそんなに……戦争でも起こす気ですか!?』
『それくらいしないと、ここを落とし、ハーラデス殿を捕まえることは出来ないと踏んでいるのだろうな』
『どうしてですか?』
『前にも一度、ここやラインが教団と戦争をやらかしたことがあるんじゃよ。その時教団は惨敗してな。街一つとはいえ警戒せねば、と考えておるのじゃろう』
『うーん、そしたら、前みたいにライカおにぃさんに力を貸してもらうのは?』
『向こうも向こうで忙しいらしくての。他の人に頼む暇がないとライカ殿の……ラインの助力は得られなかった』
『……ちなみに、ここの戦力はどうなんですか?』
『正直、少ない。このサバトの者と冒険者、あとは一部の魔物くらいじゃ。ラインのように自警団はないから……教団に攻められたら、かなりの痛手を受けるの。……じゃがまぁ、戦力に関しては問題ない。上手くいけば、じゃがの』
『どういうことですか?』
『そこは、ハーラデス殿が気にすることではないよ。ともかく、わしらに任せろ』

と、言われたのだが、やはり、気になるものは気になる。
でもまぁたしかに、僕が気にするべきことは、そのことではなく、別のことかもしれない。

「ご馳走様でした」
「お粗末さまでした〜」

昼食を食べ終え、食器を返してから、僕はまた自室に戻る。
休息を取ることと、襲撃に備えて、外出は控えるように言われたのだ。
モフッ、とベットの上に乗りながら、僕は、自分が最も気にすべきこと……僕のあの力についての説明を思い出して、整理し始める。

『お主のあの力。あれは、わしら……というより、ここら一帯で言う、魔法というものなんじゃ』
『魔法……って、いやそれが関わっているのは知ってますけど……』
『いや、お主の思い浮かべているものとは全くの別物じゃ。魔法はハーラデス殿の考えている魔法……わしらで言う魔術とは違い、魔力を必要とせず、かつ強力な力なんじゃ。しかもそれは、代償が付きまとう厄介な代物じゃ』
『と、言うことは、あの事件はその代償が原因……ということですか?』
『いや、違う。先ほども言ったが、お主の魔法……ライカが名付けたなら、“トート”。まったく、皮肉っぽいのぉ……まぁ、それは本来、人を殺せるようなものではない。それの能力は、“媒体を通して自分を伝える”というものじゃ』
『媒体を通して自分を伝える……媒体は……ピアノだって簡単に思いつきますが、自分……?いったい、自分ってなんなんですか?』
『そんなに限定はされんよ。ほとんど言葉通りの意味じゃ。自分とはすなわちお主、その知識、記憶、感情……お主の持つものすべてなんじゃよ』

知識、記憶、感情……
僕のあらゆるものを伝える魔法、“トート”。
ある場所では、知識の神様として崇められている名前であるためそう名付けたらしい。
この魔法の特徴は、媒体の多様性と情報量……そして、その代償は、その媒体への依存性、との話だ。
トートという神様も、多様な役割を持つ神様であったらしく、楽器もその神様が作った、という逸話があるらしい。
らしいらしい、と言うのも、話は全部メリカさんから聞いた話で、実際にその話を知ってるわけじゃないからなぁ……
いやいや、今は神様の話を思い出したいわけじゃない。
閑話休題しよう。
“レクイエム事件”。
あの悲劇……そして、あの後に起きた村の悲劇で僕が伝播した情報は用意に想像がつく。
感情だ。
あの時僕は、彼女が叱咤してくれなければ、そのまま死んでいたと断然できるほどの、深く、暗い感情を感じていた。
おそらくはそれのみが、あの時の演奏で伝播したんだろう。
そして、その感情に引っ張られてみんな……
この目に焼き付いている悲劇を思い返すと、よくはわからなかったけど、みんな、バラバラな死に方をしていたと思う
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