「いらっしゃいませ」
喫茶店『アーネンエルベ』のバイトとして働いている僕、星村 空理(ほしむら・くうり)は、まだあまりお客さんの来ない時間帯にやってきた、少し表情の読みにくい男のお客さんの接客をしていた。
「すまないが、依頼でここにくるように言われたんだが……」
ん?依頼?
と考えて僕はすぐに思い出す。
この店の部屋の一つに住んでいる魔女、リースさんが
『ギルドに依頼したんだけど、ここを待ち合わせにしたからギルドの人が来たら私のこと呼んで頂戴』
って言ってたっけな。
「ああ、リースさんですね?ちょっと待っててください」
そう言って、僕はリースさんの部屋に向かった。
……あ、接客するの忘れちゃった……
あとでマスターに怒られそうだな……
「あれ?空理。どうしたの?仕事は?」
「ん?ああ、美核か。ちょっとリースさんを呼びに来ただけ」
歩いていると、この店のもう一人の従業員であり、リースさんと同じく店の部屋の一つに住んでいる、稲荷の美核(みさね)が声をかけてきた。
……この店は、一部の人間に部屋を貸し出している。
住んでいるのは、リースさんと美核、そして僕。
もちろん家主はマスターである。
ちなみに、マスターの本名は誰も知らない。
いくら訊いても教えてくれないのだ。
「そうなの。あ、そうそう。これ、空理にあげるわ」
思い出したように美核は僕に一つの小さな紙袋を渡した。
「ん?これは?」
「南瓜(かぼちゃ)のパイよ。そろそろハロウィンでしょ?だからそれが美味しかったらマスターに頼んで売り出そうと思ってね」
「ああなるほど。味見ってことか」
美核はマスターと同じくらい料理が上手い。
よくマスターと協力して新しいものを考えるくらいだ。
今回は、そろそろハロウィンであることを意識して南瓜を使ったものにしたらしい。
「まぁ、それもあるけど、最初に空理に食べてもらいたくてね」
「僕なんかより、マスターに最初に味見してもらった方がいいと思うけど、ありがたくいただくよ」
「……鈍いのか、そうじゃないのか……」
「……?まぁいっか。じゃあ、僕はリースさん呼んでくるから」
少し呆れたような顔をする美核に僕はそう言ってその場を後にする。
「……あ、美核」
「何?」
「ありがとね」
「……ズルいわ……」
××××××××××××××××××××××××××××××
コンコン。
「リースさん、いますか?」
…………返事がない。ただの屍のようだ。
……もう一度ノックする。
ふむ、返事がないな……
じゃあ開けるか。
……リースさん、たまに居留守する時があるからな……
ガチャガチャ。
……鍵がかかっている。
ふむ…………
仕方がない。
鍵開けるか。
チャチャチャチャーン!
最後の鍵!!
……自重を知らない。それが僕。
カチャカチャカチャカチャ……カチャン。
所要時間わずか5秒。
流石かのマネマネ金で出来た鍵だ。
さーてと、じゃあお邪魔しまーす。
「…………」
そう言えば、初めてリースさんの部屋に入ったっけな。
にしても、意外だなぁ。
なんというか、普通の女の人の部屋だよ。
実験器具も魔術陣も何もない。
ベットとテーブルとソファと……
うん。普通だ。
ちょっとだけ驚いたけど、美核の人形部屋状態みたいにおかしいわけじゃないしな。
ちなみに、美核の部屋はあちこちに人形、ぬいぐるみがあって凄い事になってる。
とにかく、リースさんはこの部屋にはいないな。
まぁ、部屋の中見れただけだけでも良しとしよう。
じゃあ、さっきの人にこのこと教えにいこっと。
ってことで、お客さんにそのこと伝えようと思ったら、リースさんがその人と一緒にコーヒーを飲んでいた。
「……あ、リースさん。どこにいらしたんですか?」
「ちょっと散歩にね……で、私がどうしたの?」
「いえ、ギルドから依頼を受けた方がいらして……」
そう言うと、二人は勝手に話を進めて店の奥に向かって行った。
……あ、鍵掛け直すの忘れてた……
「……星村」
そんなことを考えて、後でバレっかもなぁ、と恐怖しながら、それを表情の下に隠して接客の仕事に戻っていると、不意にマスターが僕に声をかけてきた。
「あ、はい、なんでしょう?」
「……コーヒー、淹れ終わったからリースんとこに持ってけ。あと、これもだ」
と、トレーに乗せて渡されたのは、コーヒーを二つと……あ、いいなぁ。クッキーだ。
マスターの作るお菓子って、優しい味でどれも美味しいんだよねぇ……
「分かりました。行ってきます」
「あんまり遅くするな」
「分かってますよ」
そう言って、僕はまた二人のいるであろうリースさんの部屋に向かったのだった。
……ちなみにその後、リースさん達の話を盗み聞きしてるのがバレたり、そのせいでマスター
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