パチッ、パチッ、と、木が爆ぜる音を立てながら燃えている焚火にあたって、僕は体を温めていた。
まだ冬ではないとはいえ、流石に夜は結構冷える。
ここは、街から少し離れた森の中。
夜に森にいるのは危ないけれど、ここで魔物を見たという情報はないし、多分大丈夫だろう。
ちょうど良く体が暖まってきたので、僕は夕飯を食べることにする。
とは言っても、干し肉とかそこらへんのキノコとかしか今は食べられないけど…………
「…………なんじゃ、こんなところに人かの?」
食料を取り出そうと荷物を漁っていると、誰かが僕のもとに来た。
賊か何かであった場合のために、警戒をしながら、僕は訪れた人物の姿を見る。
……訪れたのは、少女であった。
可愛らしい顔に小麦色のツインテール。異様に露出度の高い服装に、大きな二本の巻き角。手足は山羊のようであるところを見ると…………
「…………ああ、バフォメットさんですか」
「なんじゃ、お主、わしらのことを知っておるのか?」
「ええ。まぁ、ある程度は」
バフォメット。
高位の魔獣の一種で、膨大な魔力を持つ。
サバトという集団を率いている。
優れた男性を夫として求めている……と、こんな感じだろうか?
「……分かってて、驚かぬのな?」
「まぁ、物を奪っていく賊よりは安心出来ます」
「本当に、そうかのぅ?」
バフォメットさんはそう言うと、突然僕にのし掛かってきた。
「ちょっ、何をするんですか!?」
「ふふふ……何と訊かれても、ナニなんじゃが……?」
「誰がうまいことを言えと……」
そして、バフォメットさんはモゾモゾと僕の股間あたりをまさぐってくる。
「……やめてください。一応、彼女いるんですよ、僕」
「ふん、そんなもの、嘘にしか聞こえんぞ……?」
「いや、本当なんですが……困ったなぁ…………」
「困った、とは、ここにテントを張りながら言うことかの?」
いや、そりゃ僕だって男なんで……反応くらいはしますよ…………
全く、困ったな……僕の腕力じゃバフォメットさんをどかせないし、どかしてこの状態をなんとかしないと彼女に悪いし……
仕方がない……
「先に謝っときますね。すみません。……“忘れろ”」
「一体何を…………!?」
僕のテントをつついていたバフォメットさんが、突然力が抜けたように倒れた。
バフォメットさんの拘束が緩み、僕は起き上がって脱出する。
「ええと、大丈夫ですか?」
「…………お主、何をしたのじゃ?」
僕は倒れたままのバフォメットさんに訊く。
するとバフォメットさんは器用に頭だけこちらに向けて睨んできた。
「ああ、ちょっと“体の使い方を忘れて”もらっただけですよ」
「体の使い方を忘れる……とな?」
「ええ。……と言っても、そういう重要なことは忘れてもすぐに思い出すんですけどね。そろそろ思い出すはずですよ?」
「ん…………ああ、ほんとじゃな……」
僕の言った通り、体の動かし方を思い出したバフォメットさんはむくりと起き上がった。
一応、また襲われたりしないように警戒をしたけれど、もう襲ってくる気はないらしく、バフォメットさんは焚火の近くで座った。
「……あ、今から夕飯食べようと思ってるんですけど、一緒にどうですか? ……と言っても、干し肉とかしかだせませんが……」
「……なんじゃ、妙に普通に接してくるのぅ。わしを敵じゃとは思わないのかの?」
「いや、もう襲ってくる気はなさそうですし、魔物なら仕方がないのかな……と思いまして」
干し肉を取り出して、どうですか? とバフォメットさんにすすめると、いただこう、と受け取ってもらえた。
「何が仕方がないじゃ……。ところで、さきの魔術……なのかの? ……は、一体何なのじゃ?」
「ああ、あれは……僕は“レテ”と呼んでる能力です。まぁ、僕の街とかでは、能力というより、“魔法”、ですけど」
干し肉を食べながら、僕は自分の能力を説明する。
「僕の能力、“レテ”は、僕の望む記憶を忘れさせるんです。あ、僕の望む、と言っても、忘れるのは僕じゃなくて僕の指定した相手ですけどね」
「ほう……なかなか珍しい魔術じゃのう……?」
「いえ、魔術じゃなくて“魔法”です」
そう、魔術じゃなくて、魔法。
式で構成される魔術とは違い、その仕組み、存在自体が正体不明なもの。
……そう訂正したけど、分からないんだろうな…………
と、思ったんだけど、どうやら違ったようだった。
何故か、バフォメットさんの顔が苦々しいものに変わったのだ。
「どうかしましたか?」
「……いや、少し嫌なことを思い出しての……お主、今“魔術ではなく魔法”と言ったかの?」
「そうですけど……?」
「もしかして、“ライン”とか言う街の出身ではないか?
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