君に逢いたい

そう。
これは夢の話だ。
その場所の風景が目に映った途端、これは夢なんだ、という自覚がはっきりとわかった。
明晰夢、というやつなのだろう。
まったく、経験者共は嘘つきばっかりだな。
だって


この夢が僕の思い通りになるんだったら、あんなつらい言葉なんて絶対言わせないんだから。


目に映った印象深いものは、向かい側にあるシートと青々とした外の風景を映し出している右手側の窓。僕はシートに座り、窓の景色は後ろ側へ流れていく。どうやらその場所は電車の中。僕は電車に乗っているようだった。
……ただ、それ以外の物事の認識はかなり曖昧でほとんど覚えていない。おそらく想像できなかったんだろう。自分の想像力の貧困さに嫌気がさす。
ただ、自分の隣に人が、女性がいることと、今まで僕は彼女と話をしていたことだけはわかっていた。内容は……最近あったこととか、今日のご飯とか、そんなたわいない話。
その女性と僕の関係は、たぶん、恋人か、夫婦か……わからないけど、そういう距離が近い間柄だった。
……夢の中でぐらい、そういう人を持たせてくれたっていいだろ?たしかに諦めてはいるけど、望むくらいいいじゃないか。

「しっかしさぁ……」

彼女が、ふと話題を変える。
……ああ……

「あんたよく私のこと好きになれたよねぇ」

なんだよ突然。と驚くと、いやさ、と彼女は話を進める。
……駄目だよ……

「私ってそんな性格いいほうじゃないじゃん?見た目は……まぁ少しは美人だけど?でもそれを入れてもまだ有り余るほど良くないでしょ?すぐに叩くし、怒るし、ガサツだし、家事やらないし……だからね、よく私を好きになったなぁって」

自分で自分のこと美人とか言うか。と微苦笑しながらもそれを否定せず、別に、言うほど性格悪くないよ、君は。と言った。
……基本的に僕の話をちゃんと聞いてくれるし、なんだかんだでいろいろ付き合ってくれるし、それに、めんどくさい僕のそばにずっといてくれる人だからね。
そう言うと、彼女は、そっか。と呟いて小さく笑った。
……それ以上、この夢を続けちゃいけない……

「それでもさ、せめてこのくらいは言っておきたいんだ」

……ああ、その言葉は、いけない。
聞いては、いけない……





「こんなにも私のことを愛してくれて、ありがとう」





……目の奥が、熱くなった。
胸の奥で、込み上げるものがあった。

それは、その言葉は……

僕が生涯を通して、一度でも言って欲しかった言葉で

諦めた言葉で


それを聞けたのは、とても嬉しくて



幸せで




でも、夢だから





その言葉は、現実にならなくて





彼女の存在が遠くに感じてきて






そして僕は、目を覚ました。


目覚めれば、そこはいつも寝ているベットの上。飛び跳ねて起きることもなく、ただ布団に包まったまま、僕は目を開いた。
思考はまだ、夢の中に囚われていた。
考えていたのは、彼女のこと。
夢の中で、最後にあの言葉を言った時、彼女は……笑っていた。この上ないほどに、幸せそうに。
顔なんてわからなかったのに、彼女の方なんて見てなかったのに、それだけは、とてもはっきりと理解できた。
……目を覚ましても、まるで夢の続きだと言うかのように、僕の目には涙が溜まっていて、そして流れ落ちた。


なんで、君はそんなことを言ったの?

夢だってわかってたのに

現実になんかならないって知ってるのに

あんな言葉を聞かされたら僕は


どうしようもなく、君を愛しく感じてしまうではないか


ずるいよ。と僕は呟く。


ねぇ

君の名前を聞かせてくれないかな。

君の顔をよく見させてくれないかな。

君の姿を見せてくれないかな。

性格が多少悪くたっていいよ。

見た目だってそんなに気にしないよ。

だって、君は僕に愛してくれてありがとうって、そう言ってくれたじゃないか。

僕は、それだけでいいよ。

その言葉だけでいいよ。

だから

だから……





「君に、逢いたいよ……!」





ああ、また逢えるのだとしたら、やっぱり夢の中なのだろうか。

だったら、また眠れば、彼女に逢えるのだろうか。

逢いたいな。

逢えるかな。

そうだね。彼女にまた逢いに行こう。

今度は顔を見せてくれるかな。

今度は姿がわかるかな。

今度はどんな話をしようかな。

今度はどんなことをしようかな。

さぁ、もう一度……





「おやすみ」









〜〜〜


1人の男性が再び眠りについたとある一室で、魔術で姿を隠していた1人の人外が姿を現す。
「彼女」は、男の近くに寄って床に座り、男の頭を撫でながら、おやすみなさい、と呟く。

「……私だって、貴方に逢いたいですよ。話したいですよ。触れ合
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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33