俺、『村上 賢吾(むらかみ けんご)』はしがないおっさんだ。
いや、年齢的には28なのでおっさんと言うと職場の先輩方から非常に嫌な視線を向けられるのだが。
とはいえ実際若いとは言えない年齢だし、おっさんとの中間をなんて言ったらいいか分からないので、アラサーだしもうおっさんですよ、で通している。
住んでいるのは寂れた港町。
昭和の頃は漁業でかなり栄えたらしいが、今となっては見る影もなく、一応は日本でもそれなりに名の知れた港町ではあるものの、寂れた田舎という印象は拭いきれない。
全国チェーンのスーパーやコンビニはそこそこあるものの、商店街だったところはシャッターが閉まっている店が多いし、開いている店も買い物に来ているんだか雑談に来ているんだかわからない常連さんによってなんとか生きながらえているというのが実際のところだろう。
それでも、俺はこの町が嫌いではなかった。
一度都会に出てはみたものの、あの人の多さや体感時間の過密さは正直相容れない。
時間がゆっくり流れる、なんて言えるほど田舎というわけではないが、山があり、海があり、夜になれば月が昇り星が広がる、そんな当たり前の光景があるというのが、俺にとっては大事だったらしい。
それに、言ってしまえばこのご時世、田舎だから手に入らない物なんて殆ど無い。
欲しい物があるなら通販で買えるわけだし、文化だってテレビやインターネットですぐに伝わる。
魔物娘の事もいい例だ。少し前までは遠く離れた都会の話だったのは否めない、だというのに今やこんな田舎でも偏見は少なくなってきている。
都会ほど多くはないが、魔物娘と付き合っているとか結婚したとか、そんな話も最近は聞こえるようになってきた。
まあ、未だに地方新聞で取り上げられる程の珍しさではあるのだが。
さて、そんな田舎者の俺には変な趣味がある。
ネットを見ているとそこまで変ではないのかもしれない、と思うのだが、世間一般的に変だと思われるであろうことは自覚している。
いわゆる、深夜徘徊と言うやつである。
深夜も0時を回ると、この町では開いている店はコンビニくらいのものになる。
一応開いているスナックなんかもあるにはあるが、そういうのはある程度決まった場所に集まっているので、そっちに行かなければこの時間はほぼほぼ暗い闇に包まれる。
そんな闇の中を時にゆっくりと歩く。誰もいない、蛙や虫の声が聞えることはあるが、あとはなにもない。
上を見れば星の海。そしてそこに浮かぶ月。
今日は満月。やけに大きく見える満月の光は結構明るさがあり、月の近くにある星はかなり見難いか、もはや見えなくなってしまっている。
今日はなんとなしに海の方へ向けて歩いてきてしまった。
普段は夜の海には近づかない、万が一何かがあった時に取り返しがつかないからだ。だというのにふらふらと、まるで何かに導かれるかのように、しかしその自覚なく、俺の足は小さな漁港になっているところへと向かっていた。
湾になっているから波は穏やかなものだ、ちゃぷんちゃぷん、と緩やかな波の音が耳に届く。
月光のおかげで足元が見えないなんてことはなく、海に落ちたらそんときゃそんとき、なんてわけの分からない開き直りの心持ちで、漁港の防波堤を先に向かって歩いて行く。
昼間であれば数人釣り人もいたのかもしれない。打ち捨てられ、干からびたヒトデが防波堤の端の方で地上の星と化している。
その星を不敬にもつま先で蹴飛ばして海へと意味なく戻してやった時、俺は防波堤の一番先に立つそれに気づいた。
それを一目見た時に思ったのは、空と海だった。
ヒラヒラとしたドレスのようなヒレ?は深い青色、そしてその縁を始めとして彩る黄色い筋や丸い模様。
その青色はまるで夜明け前の少しだけ明るくなった空のようで、であればそれを彩る黄色は取り残され消え行く星か、はたまた明けの明星の輝きか。
そしてその夜明け空のドレスの内側に湛えられているのは、ドレスよりも幾分か淡い蒼色をした半分人型の、しかし人ではない姿。
月光を受けてぬらりと光るその蒼色はまさに海のようで、女性の姿をしていることもあって、母なる海という言葉を連想させた。
彼女はこちらに向かって立っていて、明らかに俺を認識している風だった。
だというのに特にアクションを起こさず、こちらを見据えたままなことに、思わず困惑してしまう。
魔物娘というのは非常に積極的で、魔物娘側から襲い掛かってくるのが常だと聞いていたからだ。
「……大人しい、んだな」
何かを言おうとして、なんとかそれだけを口にする。
神秘的にも思えるその雰囲気に、なんだか言葉を発することが躊躇われたからだ。
それでも、胸の奥、これが本能というものなのだろうか。抗いようのない何かが、確かに彼女を求めていた。
「……」
彼女
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